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「もう少し、もう少しかな。もう少し顔をこっちに向けて。顔が見えないよ?」
美登利は極めて真面目な表情で、このふざけた状況でそう言った。
スマートフォンのライトに照らされた綾乃の下半身は妙な湿気と、生臭い蒸気を放っていた。
綾乃は耐え難い屈辱に、歯を噛み締めた。
「友達…だと…思ってたのに…初めてできた…友達だと…思ってたのに…」
「綾乃ちゃんが売ってきた喧嘩を買っただけ。いきなり怒鳴るんだもん。怖いよ?さ、お顔こっち、こっちぃ。いいなぁ…こうやって天くんに見てもらってたんだぁ。」
綾乃はこの屈辱の中でも自分の体が抗えないことに絶望していた。
天に言われていた同じワードを聞いた瞬間、自分の体が勝手に動き出すまでに教育されてしまっていた事実は今までで最も深く綾乃の心をえぐった。
醜態を見せている相手が羨んでいるような言葉も綾乃を深く傷付けた。
悲惨な体験を勝手に美化し、歪んで捉えている。
それはあまりにも自分を惨めに映す、鏡となってしまったのだ。
「言うこと聞けないのね。」
美登利の息が軽やかに、段々と加速していく。
嗚咽を響かせながらも健気にその姿勢を崩さない綾乃は直感で何かをされると察した。
しかし、それに対して何かできるわけではない。
目隠しされ、座らされ、銃口を後頭部に当てられ、周囲には武装集団の殺意が自分に集中している状況と、現在の綾乃は酷似していた。
ただ銃口から発射された弾丸が自分の脳を通過するのを待つだけ、綾乃は美登利の仕置きを涙を流しながらよだれを垂らして待つだけである。
「大…声…出しちゃうかもよ…?わ、私声は大きいんだけど…?」
スマートフォンをベッドに放り投げ、近づいてくる美登利に恐怖しながら、綾乃は強がりを言った。
「大丈夫、この家は大きいし。家には私一人。どうぞ?好きなだけ叫んで?」
「さ、叫ぶようなことをする…ってことね…?」
「天くん…。」
「その名前は言わないで…」
「もっとお尻突き出しなさいよ。」
美登利との軽快とも思えるやり取りが終わる合図だった。
綾乃はその指示に無言で従った。
奇妙で不思議な絆だ。
主従関係とも違う、自然な流れであり、暗黙の了解とも感じえる最小限の悪を漂わせている中でもその形は見事で完璧な絆だ。
「ヒッ…」
綾乃は自分の性器に体温を感じた。
これから起こることを容易に想像させた。
「いいなぁ…綾乃ちゃん…。」
綾乃はこの美登利の言葉から発生したフラッシュバックを堪能した。
『私は…天くんから…』
美登利の体温を感じている器官が天に置き換わるのを綾乃は感じた。
『私は…羨ましがられるようなことをしていない!』
「本当、羨ましい。」
『あぁ…何か…わかってきたかも…』
四つんばいになった自分を押さえつける二人、自分の後ろに立ち今まさに美登利がしているように自分に生ぬるい体温を与える、いじめの主人公、天。
「さぁしっかり反省してね?」
美登利の体が固くなる。
美登利の二本の指先がまるで刃のように冷たくなっていった。
『私…わかってきた…そうか…』
「いくよ?こうやってされてきたんでしょ?慣れたものでしょ?」
『私…もしかしたら…』
数秒後、美登利の刃と化した二本の指が自分の性器へ侵入して途方もない痛みを与えるだろう。
そして綾乃は「動」の意思を指先に感じた。
美登利の二本の刃が自分の奥に到達するまでわずか一秒弱。
「ぎゃああ!!!!」
品性も何も無い絶叫が綾乃の肺から放出された。
絶叫が放出されるまでのコンマ数秒の間に綾乃は悟った。
『私は拒否できなかったんじゃない…私はしてほしかったんだ…』
そして痛みの中で綾乃は美登利に向かってそれを白状した。
「お願い!!天くん!!もっと!!もっと!!痛くっ!!痛く!!痛く…して…ほしい…天くんにして…ほしい…」
綾乃はそう言いながら暗闇へと落ちて行った。
視界も意識も心も全て暗闇へと落ちて行った。
・・・
不思議なんだけど私の記憶はここで途切れてるの。
そこから私は本当に何が起きて、何がどうしたのかわからないの。
気が付いたら私は自分ちのベッドに横たわってた。
翌朝はもちろん学校は行けなかった。
え?
美登利ちゃんからそんなんされたら学校に行けないって?
違うよ。
そうじゃないの。
今だよ今。
今、まさにその時なの。
自分ちのベッド、ここよここ。
意味わかんない?
私はさっきまで美登利ちゃんからそんなことをされていたの。
私は話したはずよね?
こんなことがあったって。
包み隠さず言ったはずよね?
私は病気じゃないわ?
私の時間は何なの?
高校は?大学は行った?
今、何年何月?暑いわね、夏?
あ、飲み物…ありがとう。
落ち着けって?落ち着けないわよ…。
夢?
夢なの?
夢なら…酷い設定だわ。
でもいいの。
あなたがここに居てくれる、それだけで私は凄く勇気付けられる。
抱き締めて。
しっかり抱き締めて。
私を愛してくれてありがとう。
一緒に幸せになろうね。
・・・
これがわたしのこと。
これがわたしの過去。
多分私のこれは、勝手に心に浸潤した天くんの意思なんだと思う。
確かに天くんは幼なじみである私をいじめ…違うか…今思えばレイプよね。
周囲にたかる蝿もまた天くんと同じなのかもしれないわ?
でもここは、ここにはあなたがいて…
わかってる。
私が変なこと言ってるのはわかってる。
でも言わせてほしい!
私のことを守ってる!!
私のことを守ってる誰かが必ずいる!!
誰だろう。
私を愛してくれるあの人じゃない。
あの人を含めて守ってくれてるんだもん。
でもいいんだ。
過去の私は夢だったとしても今の幸せは確実なものだし、現実世界のものなわけだし、捨ててもいい過去よりも大切なものなわけだし!!
裏返る世界なんて現実的にありえない!!
だからこれはわたしのこと。
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