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「きっとディアナは俺の無実を信じてくれていると思う。それでもここまで会えない日が続くと心が離れてしまうんじゃないかって、不安で仕方がないんだ。……俺のために尽力してくれてる君の前で言うことじゃないかもしれないけど、もしたとえ無実を証明されないまま処刑されたとしても、ディアナにだけは分かっていてほしい。だから、彼女に今の状況と、俺が無実であることを、自分の言葉で伝えたいんだ」
イアンは顔を上げて、真っすぐリチャードを見つめた。
その切実な気迫に怯むようにして、リチャードは表情に戸惑いの色を強めた。
なかなか承諾してくれないリチャードに焦れたイアンは、さらに畳み掛けた。
「もちろん、彼女が読んだら手紙は燃やしてくれて構わない。今後、彼女とやり取りをしたいなんて言わない。今はただ、希望がほしいんだ。ディアナが俺を信じて待ってくれているって思えるだけで、先の見えない不安も乗り越えられる気がするんだ」
膝を乗り出し、切々と懇願を重ねてリチャードの方へ詰め寄る。
しかし、リチャードは首を縦に振らない。その表情は、決してイアンの頼みを煩わしく思っている風ではなかった。むしろ頼みを聞き入れられないことに己の不甲斐なさを感じて、辛そうですらあった。
「リチャード……?」
何かしらの事情があることを察して、イアンは不安げにリチャードの名を呼んだ。
しばらく苦しげな表情で目を閉じ黙っていたリチャードだったが、ゆっくり目を開けるとイアンへ視線を遣り、躊躇いがちに口を開いた。
「イアン、君にはいつか話さないといけないと思っていたが……、ディアナは先月、ギブソン侯爵との婚約が決まったんだ」
「え……」
舌に重い石でも括りつけているかのような鈍重な声遣いで告げられたその言葉に、呆然となる。
(ディアナが、婚約……?)
混乱して頭の理解が追いつかなかった。いや、正確には心が理解を拒んでいた。
「もちろん、ディアナの君への気持ちが冷めたわけでも、ましてや君が本当に聖女を襲ったと思っているわけじゃない。……ただ、彼女の父が事業に失敗して、彼女の家はあまりいい状況じゃなかったんだ。そんな時に、ギブソン侯爵との縁談が持ち上がって……」
イアンを慰めようと、ギブソン侯爵との婚約はディアナにとって本意でないことや、彼女がイアンの無実を信じていたことを、リチャードは懇々と話した。
しかし、イアンの心にはまるで響かなかった。
これまで心を守ってきた最後の砦が崩れ、暗い絶望がなだれ込んでくるようだった。
「すまない、本当はすぐに教えるべきだったんだろうけど、この状況で彼女の婚約を伝えるのはあまりに酷だと思って……」
リチャードは心底、申し訳なさそうに言って俯いた。
彼の言い分はもっともだ。この先の見えない状況下で、心を乱す悪い報せをわざわざ教える必要はない。
イアンにリチャードを責める気持ちはなかった。いや、当たり散らしたところで、このどうしようもない悲痛と絶望をどうにかできるとも思わなかったし、八つ当たりするほどの気力もなかった。
「……リチャード、顔を上げて」
リチャードは躊躇いがちに顔を上げた。
こちらの反応を窺う瞳は緊張感を帯びており、リチャードがどれだけイアンを気遣っているかが分かった。
イアンはそれが申し訳なく、眉を下げて笑った。
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