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イアン・オークス――、オークス男爵家の三男で、聖女を強姦した罪のため、明日、処刑される。
イアンにはその罪にまるで覚えがなかった。
だが、いくら無実を訴えても、誰も信じてくれず親にも見放され、死刑が宣告された。
牢の隅で、死の恐怖と絶望に震えていたイアンだったが、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
しかし、目覚めたイアンがいたのは牢の中ではなかった。
「……ここは、どこだ?」
簡素なベッドの上、イアンは困惑しきって呟いた。
石積の壁に囲われた冷たい部屋に人の気配はなく、イアンの問いへの答えはもちろん返ってこない。
イアンは警戒心を漲らせた目で、部屋を見回した。
部屋は広くはないが、その割に天井が高い変わった造りだった。窓から外を見られれば、自分がどこにいるかの手がかりくらいは掴めそうだが、残念ながら窓は天井付近にひとつあるだけだった。
照明となるのは、その窓から漏れ入る薄い月明かりと、壁に掛かった古びたランプひとつだけで、そのため部屋は薄暗く、イアンの不安をさらに煽った。
そんな閉鎖的な部屋の中、唯一、外に繋がっていそうな鉄の扉を見つけた。イアンはシーツを蹴飛ばし、扉の方へペタペタと裸足で駆けて行った。
しかし扉は固く、押しても引いてもびくとも動かなかった。扉から手を離すと、錆びた鉄くずで拳がざらざらとしていた。
ここがどこかは分からないが、何者かが自分をここに閉じ込めたことは確かなようだ。
しかし、その目的が分からなかった。
明日、処刑される自分をわざわざ牢からさらって、こんな場所に閉じ込めてどうするつもりなのか……。
顎に手をあて考え込んでいたイアンの頭に、ある不吉な考えがよぎった。
(まさか、聖女親衛隊の奴らが……)
聖女親衛隊――、イアンが通っていたフェアリス学園の聖女を信仰にも近い熱量で崇めている生徒の集まりで、今回の事件でイアンを最も憎んでいるのも彼らに違いない。
自分たちが崇拝する聖女の純潔を犯した人間が、斬首刑ごときの罰で許されるはずがない。その罪にふさわしい残酷な罰を与えなければ……。
聖女を狂信する彼らならそういう考えに至ったとしてもおかしくない。フェアリス学園の生徒のほとんどは貴族の子どもたちで、彼らの親の中には司法関係の人間と深い繋がりがある者もいる。
親の力を借りてイアンを牢から連れ出したということも、十分に可能性としてはあり得た。むしろそう考えた方が、この状況に説明がつく。
そうなると、このあとイアンを待ち受けるのは、過激な思想を持つ聖女親衛隊による、酸鼻を極めた私的制裁であることは間違いないだろう。
イアンの体から一気に血の気が引いた。
イアンは半ば狂乱状態で、出口となりうる場所を探し回った。
しかし、壁や床には隙間ひとつない。壁を登って天井近くの窓から出ようと試みたが、無駄だった。
暖炉があったが、煙突の先は塞がれており、また壁と同じく、よじ登ることは不可能だった。
そうこうしているうちに、背後の鉄扉からカチャ、と鍵が開く音がした。
イアンは震え上がった。
扉を隔てた向こう側に、自分をこの部屋に閉じ込めた人間がいる。その人間がこれから自分になすだろうことがありありと脳裏に巡って、膝から崩れ落ちた。
もうおしまいだ……、と諦めざるを得ない状況にイアンは打ちひしがれた。
ギィ……、と不吉で不快な音を響かせながら扉が開く。
堪らずイアンは目をぎゅっと閉じた。
しかし、声を掛けてきたのは思わぬ人物だった。
「イアン? 大丈夫か?」
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