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「夜伽にお呼び頂きましたこと、心より……」
「世辞は結構。さっさと始めて」
跪き、あわよくばこちらの手に口づけようとする男の口上を遮ると、わたくしは男を寝屋へと通した。ゆっくりと横たわり、そのまま良く見えるように細い腰をあげる。男を誘うように揺れるまろみ。それを見た男の滾りと、息をのむ気配。けれどわたくしには、毛の一筋ほどにも興味のないことだ。
そのまま黙って脚を開く。早く終わらせてほしい。あのひとでないなら、誰と睦みあったところで同じこと。どうでも良い男の愛など、ただただ鬱陶しい。
必要なのはこの男の子種だけ。たとえ同族とはいえ、男への愛情などない。そう宣うわたくしとて、国を富ませるための道具に過ぎない。産めよ、育てよ。一体いつまで子を産めば、わたくしは許されるのだろう。この男の次はまた別の男。己の宿命の厭わしさよ。
わたくしの憂いなど知らず、男たちはわたくしの心を欲しいのだと言う。取り立てて功績を残すこともなく、侍女のように城で働くこともなく、国を支えるために遠くまで働きに出ることもない。子種を撒くだけのただ飯食らいのくせに、わたくしの心を欲するなど!
わたくしは、己の望みを知っている。誰に何を言われても、男たちの手を取ることは決してないのだ。
「言ってるだろ、俺にしとけって」
「貴女になら命を捧げられる」
「生まれるずっと前よりあなたをお慕いしておりました」
いきなり部屋の隅に わたくしを押し倒して、睦言を囁いてみたり。唐突に首筋に刃を突きつけてみたり。はたまた地面の上で妄想に浸ってみたり。まったく男とはどうしようもない生き物だこと。
それぞれの気取った仕草にため息さえこぼれる。ああ、全く癪にさわる。それゆえにわたくしは、定期的に適当な男を見定めるのだ。
それほどまでに愛を乞うのであれば、好きにすると良い。わたくしに選ばれても、選ばれなくとも、男どもは、どうせみなすぐにあの世へ旅立つのだ。己を抑えつけ、浅ましく腰を押しつけてくる男をそうとは知られぬように嘲笑う。
わたくしは、愛しいひとを思い出す。逢瀬さえ望むべくもない、あまりに遠いあなた。白くまばゆいあなたの鎧。ちらりと見えたあなたの瞳は、わたくしと同じ黒曜石の色。あなたはわたくしの心など、きっと知らない。この国の宝物を、侍女たちの手よりただ受け取るだけ。
それでも良いのです。あなたさえ幸せでいてくれるなら、わたくしはそれだけで良い。あなたを傷つけるものを、わたくしは許さない。あなたのために、子を産み、この国を素晴しいものにいたしましょう。領土を広げ、ますます多くの宝物を集め、あなたに捧げられるように。それであなたを幸せにできるというのなら、わたくしは同族だって犠牲にできる。
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俺はネット越しに額の汗を拭うと、巣箱を取り出した。主な採蜜の時期はもっと後だけれど、この時期でもやらないことはない。いずれも群れの状態によって異なるのだ。そっと外したスノコにはもごもごと動く蜜蜂の群れ。ゆっくり息を向ければそれだけで、巣箱の主たちはこちらの意を汲むように離れていってくれる。
「マジで、羨ましい。僕、ここに入社して以来、結構しゃれにならないくらい刺されてますよ。って、ほらまた、いたっ!」
まあ気をつけろよ。俺はそれだけ言うと、また作業に戻る。蜂との相性というものもあるのだろう、俺は蜂に刺されることはほぼない。初めて仕事をした時にちくりとやられただけだ。
少々奇妙に思うものの、まあ気にするだけ無駄なことだ。そう言えば、この仕事を始めて春恒例の鼻のむずむずも治ったような。プロポリスの効能とやらはさておき、やはり性に合っているのだろう。
「女王様に愛されてるってことじゃないです?」
しょうもないジョークに思わずすっ転びつつ、俺はまた作業を始める。巣箱の奥でひたすらに交尾に励む女王様。その恵みを今日も恭しく、俺は頂く。
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