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「それだったら執事になります」
はあ? 執事じゃなく騎士のつもりだって言っていたじゃない?
シュヴァリエは私の方へ目だけでなく身体ごと向けた。
「エマ様をお守りできなくても、お側に仕えるためなら執事でもなんでも構いません。ですが、お側を離れることだけは拒否します」
「昨日は軍に戻るって言ってたじゃない!」
「……あの場では言いましたが、本音ではありません」
なんなの?
「今さらあんたのこと執事だなんて思えるわけないじゃないの! 無理よ!」
「最初は執事だと言っていたじゃないですか」
また不貞腐れた態度だ。
「そんな態度で執事なんて務まるわけないでしょ?」私は呆れた。
「あんたは騎士なのよ! 誰よりも強く、皆に信頼され、必要とされている人間なのよ? 誰とも結婚できない、田舎に逃げ込んだ傷物の令嬢のために、その能力を潰してはいけないわ」
シュヴァリエはいきなり馬を止め、御者席で立ち上がった。
「なんてことをおっしゃるんですか!」
チェンバレンと対峙していたときくらいに怒りに満ちている。
凄むような目つきに、さすがの私も慄いた。
後ろからまた後続の御者たちからの罵り声が聞こえる。
「エマ様はこの国……いえ、この世界で最も気高く美しく、努力家で素晴らしい才能をお持ちで、誰よりも強く、誰よりも魅力的な、比類なき方です!」
え……えぇ。ありがとう。本人に向かって怒鳴る台詞なの? それ……
「わかったから、とりあえず馬を進めなさいよ」
私が言うと、シュヴァリエはしぶしぶといった顔で腰を下ろして再び御し始めた。
「あんたはそう言ってくれるけど、私はもういいのよ。結婚するつもりはないわ」
「えっ? なぜですか?」
「できないわよ! 誰も見初めないわ」
シュヴァリエがまた立ち上がろうとしたので、それを制するように手で抑えて慌てて言葉を続ける。
「あんたが私を尊敬してくれてるのはありがたいけど、世間的に見たら事実だから仕方がないわ。それに、私自身も見初めて欲しいと思っていない。もう懲り懲りよ」
「それでは、エマ様はご結婚されなくても幸福になれるのですか?」
「えっ?」
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