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室内を照らす陽の光は赤く染まり始めている。さすがに出発しなければ間に合わないとの私の訴えで、ようやくイヴレーア邸へと向かうことになった。
馬車は普段の倍はする速度で駆けていく。「少し飛ばさなければなりません」御者のその言葉通り、通常の速度では間に合わない。
馬車道は舗装されているとは言え、日は沈んで森は闇に包まれている。イヴレーア邸へ向かう他の馬車の姿もなく、馬車のランプだけでは心許ない。
コンティ公爵も不安なのか少し青ざめてはいたが、穏やかな笑顔を私に向けて、安心するようにと言葉をかけてくれた。万全とは言えない身体を抱えながら私を気遣ってくれるなんて、本当に優しい方だ。
30分ほど走ったころか、対面に座っていたコンティ公爵が私の横に移動してきた。
「ミス・ヴァロワ、あなたは美しい……」私の肩に手を回して、顔を近づける。「私と対等に議論をできるレディは少ない。ピアノの腕も素晴らしい。……私の結婚相手としてあなた以上の相手はいない」コンティ公爵の顔が近づいてくる。
……うそ? ……これは、口づけをされるってこと?
その時、いきなり馬がいなないた。と同時に大きな物音がして、馬車が傾いだ。
なんだ?
思うが早いか、切り裂く音と御者の悲鳴が聞こえて、幌に向かって水滴が飛び散った。ランプに照らされてその影が映っている。
師であるエドワードの言葉が頭の中に響いた。
「お嬢様、自分の勘を信じなさい。疑った瞬間に確信するのです。そして気づいたと同時に行動に移しなさい」
私は行動に移した。
間違っているかもしれない。ただ馬が木の根に足を取られて転んだだけか、はたまた木の枝に幌がぶつかっただけかもしれない。
しかし、私の勘は違うと言っていた。
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