齧る、貪る、愛してる。

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  *  命の鼓動を鳴らすために何ができる?  憂鬱な気持ちを胸に仕舞い込み学校へ向かう。  どこまでも広がる鈍色(にびいろ)の雲から、無情にも降り続ける雨が鬱陶しい。濡れた土の匂いは彼女を連想させるようで朝から気分が落ち込む。傘を差しているにも関わらずに肩は濡らされ、徐々に浸蝕して広がる。  臓器移植の話が出た時、少しでも希望が湧いた。彼女のことが好き……ただその一心で希望した。こんな自分を使って救えるのならば、どうぞ使ってくださいと。しかし、現実はもっと残酷で簡単に踏みにじってくる。  医者は淡々と告げたのだ。「君の臓器では相性が悪い」……それ以上に言葉はなかった。  やけに重苦しい教室の扉を開くと、騒々しい空間が不快感を与える。人の密集する暑苦しさ、空気の湿り気が居心地の悪さを露呈。  作業のように自分の席に座ると、鞄から小説を取り出しておもむろに開く。滲んだインクで綴られた文章の内容も解読せず、彼女のいるはずの机へ視線を移す。  悪趣味にも飾られた花瓶が、このクラスに蔓延る残酷で稚拙な存在を証明している。言葉を交わせないからといって好き勝手に弄ぶ。僕はそれに対して言及できるほど強い人間ではない。改めて自分の脆弱性に吐き気がする。 「早く死なねーかな」 「知ってる人が死ぬとか……見てみてー」 「遅かれ早かれ死ぬんでしょ? アイツうざいし、どうでもいいけど」  モラルを失くした小さな箱庭に下品な笑い声が響く。つんざくように喚き散らす豚共。  彼女への嫉妬混じりの罵詈雑言が止むことはない。毎日、毎日……飽きもせずに同じ話題に枯れた花。  遮断するように曲の音量を上げる。イヤフォンから流れる音は心を晴らすことはない。  文字の羅列に視線を戻すと、一つの文章が心を揺らす。『五臓六腑を食す。血液が染みわたり、すっかり元通りの姿へと成る。また、それらを口にすることは、その者の魂を自分の中で生かすことになる』……物語の中の出来事であり根拠なんてない。それなのに、僕を引き寄せるこの高揚感はなんだろうか?
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