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ドアに手を伸ばすと、全身に痺れが廻る感覚が襲う。いつもと同じことをするだけなのに指先に力が入らず、ただ開けるだけの行為に手間取ってしまう。焦りと苛立ちが状況を悪くする一方。
コツコツと何かが近付いてくる足音が廊下に響く。いくらここが暗闇だとはいっても隠れる場所はないし、人間のシルエットなんてすぐに見つかってしまう。懐中電灯の光がやけに眩しくて思わず目を背ける。
跳ねる心臓が痙攣を引き起こす。半ば強引に腕を振り上げると床に拳を叩き込む。鈍い痛みは顔を歪めるも、ようやくドアを開き急いでクーラーボックスを中へ入れる。
依然として何者かがこっちへ来ている。閉める余裕もなく僕はクーラーボックスと一緒にドアに背を預けるようにして隠れるが、ライトを当てられれば一発で終わりだ。口元を抑え、息を殺して目を閉じる。まるでここに存在しないかのように、体を丸めて通り過ぎるのを待つばかり。
「まったく、誰かが開けっ放しにしたのかしら」
部屋の中までは詳しく目を通さなかったのか、不安をよそにドアは重たく閉じられる。次第に足音は虚空へと消え、ようやく立ち上がると彼女の眠っているベッドへ近付く。
月夜に照らされる彼女は寝息の一つも立てずに目を閉じている。綺麗……そんな単純な言葉しか出てこないほど彼女の姿に見惚れてしまう。そんな自分がどこか嫌になるも、両頬を叩き気持ちを切り替える。
「今、助けるから」
そんな捻りのないことを呟く。クーラーボックスを開けると、ふわりと鉄のような気持ちの悪い臭いが鼻をつく。それは病室を満たす嫌な香りと混ざり合い、思わず顔を背けてしまう。分かっていたはずなのに……マスクでもしてくるべきだった。
そんなことを思いながら、氷水に浸った内蔵達を見つめる。手段は問わずに掻き集めたこれらを見てその時の光景が過る。もはや僕の手は罪に塗れて、洗い流すことなんてできない。
奴らは言っていた。「知っている人が死ぬのを見てみたい」……だから一人ずつその経験をさせてやった。希望通りに……だから、ありがたく使わせてもらう。あの小説に書いてあったことを彼女にできれば命を救えるかもしれない。妄信してそれを実行するために手を汚して逃げ出してきた。
遅かれ早かれ僕は捕まることになるだろう。だから、それまでに彼女にこれらを食べさせないといけない。
「ねぇ、いるんでしょ?」
そのか細い声に体がビクッと反応する。僕は急いで視線を向けると、彼女は薄っすらと目を開けているがこちらを見ているわけではない。光を失っている……おそらくそうだ。
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