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その声に反応しようか一瞬、戸惑ってしまった。今の僕は前よりもずっと穢れている。彼女に交わす言葉が何一つ見つからない。
「君はどこにいるの?」
「僕はここだよ」
彼女が震えながら伸ばした手を僕は掴んでしまった。もはや体温を感じない、無機質に冷たくなってしまっているのか生気を感じさせない。
「あったかいな。良かった……やっと私と喋ってくれた」
それ以上、僕は口を紡いでしまう。痩せ細ったその姿に、あまりにも弱々しく握られた手の中には希望は包まれていない。
「最後は君と一緒に居たかった。姿が見たかった。でも、君に触れることができた……幸せだな……」
「僕は……」
言葉を遮るようにして彼女の手の力は完全に失われた。やっぱり思っていた通りだ。自分と喋ってしまったばっかりに最期を迎えてしまった。
千切れた悲鳴を抑えつけても、心が破裂しそうになる。今になって叩きつけた拳から痛みが広がって自虐する。それなのに涙の一つも流れない。何処までも渇き切っているのが嫌だ。
嗚咽が走る中、僕は彼女の手を放す。力無く垂れる腕を見て、本当に灯が消えたと確信してしまった。だからこそ判断は揺らいだ。
「まだ、助かる……」
彼女を背負ったまま移動できるほど僕に力はない。ならどうする? 必要なのは肉体? いや、中身が大事? 選択する時間はそう残されていない。クーラーボックスに入れていた冷え切った包丁を手に取る。
そうだ、あの小説には『食べた者の魂を自分の中で生かすことになる』と書かれていた。ならば彼女の五臓六腑を僕が食べたらどうなる? 新鮮な内に食してしまった方ほうがいい?
「こんな物は……もういらない」
クーラーボックスに入っている、もはや鮮度の落ちた古い臓物をばら撒くと暴力的に踏み潰す。水風船のように簡単に破けて濁った血液が床を染める。
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