齧る、貪る、愛してる。

6/7
前へ
/7ページ
次へ
 そうだ、僕はもう手慣れている。手際よく取り出させるはず。 「ごめん、ごめん……」  情けない声で謝罪をすると最後に彼女の顔を見る。絶望も幸福も感じていない、言い表せない表情は僕の知らないものだった。きっと生きた魂が彷徨っているからこんなことになっているのだ。  腹部が見えるように白い患者着を脱がし、さっきよりも強く包丁を握り締める。 「今、楽にしてあげるから。解放してあげるから」  刃先が刺さる。内蔵に当たらないように深すぎないように細心の注意を払って。スーッと下ろしていくと肉を断つ感触がもろに指先に伝わってくる。僕は今、間違いなく好きな人を捌いている。どうでもいい人間(ぶたども)の時とは違う……この気持ちは何だろうか?  パックリと開いた腹の中、今までで一番綺麗な深紅をこの目にした。その臓物達はルビーのように煌めいていて、思わず目を奪われてしまう。  今の彼女を見て、僕は醜くも興奮した。こんなにも人を魅了することがあるのか? 元気だったあの頃よりもずっと、生きたいと願うように五臓六腑は脈動している。そうだ、早く取り出してしまおう。  生唾を飲み込むと、あまりにも濃く芳醇にさえ思える血液の匂いを嗅ぎながら作業を始めていく。  *  今頃どうなっているだろうか? もう亡骸に気付いて警察に通報がいっているだろう。  こんな状態なのに酷く冷静……なのに熱が凝固して破裂しそうに勃起している。自然現象ではなく、彼女を自分の手で捌いてしまった事実に興奮している。  僕は……異常だ。目の前で死んだ。でもその時の姿が一番、魅力的だと感じた。  薄暗い部屋の中、クーラーボックスを開ける。噎せ返るほど濃厚な匂いが部屋を舞う。  まだ新鮮で行き場所を探している中身。血の混じる氷水に浸かり漂う心臓、肺臓、肝臓、腎臓、脾臓。胃、小腸、大腸、膀胱、胆嚢、三焦……どれも輝石のように眩しい。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加