齧る、貪る、愛してる。

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 あれだけ緊迫した状況の中にいたのだ。それに加え時間制限まであった。あまりの疲労感と空腹が襲いかかる。憔悴しきった彼女の表情が脳裏に浮かぶと、早く救わないといけない……そんな衝動に駆られる。 「好きって……最期まで言えなかった」  大切に手に取った彼女を見つめる。熱を感じさせないそれは手の中でまだ動いているように錯覚した。空気に触れたおかげかまだ微かに息がある。掌に広がるヌルッとしているのにどこか弾力のある肌触りが心地良い。  思わず乾いた喉を鳴らす。どこまでも煌びやかでそれらは濃密な苺だ。  もはや止めようともしない、躊躇いもない。口へ運び、舌に触れる。ひんやりとして、どこまでも血生臭い。歯に当たる度に跳ねていつまでも噛み切ることができない。手に触れた時のような感触は口内でも同じ。  まるで性行為だ。舌先で彼女を転がし、少し硬くなったものを和らげる。やがて絶頂に逝きついたのか艶やかな鮮血を口内に漏らす。五臓六腑それぞれに特徴があり、その一つ一つの個性は彼女の様々な感情を引き出している様だった。 「初めて一緒になれた。これからは僕と一緒に生きていこう? そうだな、まずは昔みたいに外に出て走り回ろう。それから買い物して、食事して……これからが楽しみだ。そうだ、一度も君に言ってなかった。君のことが好きだ……愛している」  脈を打ち返事が聞こえる。体内に流れる血液が絡み濃密に混ざり合う。僕の臓器は彼女に合わなくても、彼女の臓器は僕に適合しているかもしれない。  笑顔の君が僕を見つめる。その時、ようやく頬には一筋の生きた証が滴る。乾いていた瞳はいつの間にか潤い、人間らしさを取り戻した。  お腹いっぱい食べたのだ。もうこれ以上は入らない。彼女の五臓六腑を集めて、僕と一つになった。その事実は僕を救い、彼女を生かした。  霞みゆく視界、眼前には彼岸花が咲き乱れる。僕は彼女と手を繋ぎ、どこまでも愛を確かめあう。
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