雨にまつわる子守唄

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お盆休みを利用して旅行した。 母の生まれ育った村を訪れてみたのだ。 四国の海岸沿いに点在する小さな村で、過疎化が進んで若者が 少なくて、お年寄りばかりを見かけた。 母の実家にも人は住んでいなかった。 ようやく近所に住む農家の女性に話しを聞けた。 「その歌はね、わざと子供を怖がらせて、良い子にしてなさいと、 ちゃんと寝なさいと言い聞かせる。 そういう教えの為に作られた歌だったんよ。 でもねえ、親を亡くして悲しむ母親が歌ったら、本当に死者が、 雨降りの日にやってきた。 それ以来、死者を呼ぶ呪いの歌になった。 そう言われとるんよ。あたし、怖くてねえ、それ歌えんよ」 「怖い?死んだ人が帰ってくるって、嬉しいことじゃないですか?」 「ちょっと、お嬢さん、しっかりしなさい!」 「だって、失うのって、誰でも嫌じゃないですか」 「この世に未練のある死者は、薄暗くて湿った地面の底に居るって、 そう聞いたことがある。 浅い泥沼の中を、ただ歩き回ってるだけだって。 それが......歌声を聞きつけて地の底からやってくるんだよ。 そして雨が身体の泥を流してくれる」 「あぁ、それで、あんなに綺麗に......」 そうか。 私が見たのは、確かに母だったということだ。 「会ったのかい!」 老女が座っていたベンチから身を乗り出した。 「少し見えただけです。あの、雨で綺麗になって、やってきて、 それからどうなるんですか?」 「そのまま家に居着いてしまう。もしくは生きてる人間を連れていく。 お嬢さん、無事で何よりだよ」 父のことは話し辛くなって、私は沈黙する。 小高い山の上にある神社から、カラスの群れが飛び散った。 駄菓子屋の、かき氷の旗が風に舞っている。 死者がうろつく場所と、生きてる人間がうごめく地上。 そこを彷徨うという意味では同じような気がした。 それなら少なくとも、父は真っ直ぐに母の元に行けたのだ
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