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「お父さん、行ってきます」
父は返事をしない。
仏壇の前に座り込んだまま、母の位牌と遺影をみつめている。
私は通学鞄を持って玄関へと向かう。
その背に父からの声を聞いた。
「真保は、奈津美(なつみ)がいなくなっても学校に行けるんだね」
小さなイラ立ちと、大きな悲しみ......。
五月になって制服の衣替えもあって、ひとりで苦労した。
父は、そういうこともわからなくなってる。
「頑張って生きるよ。お母さん、空の上から見てるだろうから」
「空の上になんかいないよ」
「そ、そうかな?」
「暗くて湿ったところにいるんだよ」
「どうして、そう思うの?」
「奈津美、圭吾(けいご)って、僕の名を呼んでよ。
早く、その日がくるといいなあ」
「行ってきます!」
母が交通事故で亡くなって二週間。
父は葬儀と諸々を終えて自宅に引きこもっている。
「もう仕事をして帰ってきて『ただいま』を言っても
『おかえり』を言ってもらえないから」
という理由から仕事も退職した。
十五歳、中三、高校に進学せずに働こうかな。
なんてことを、私は真剣に考えていた。
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