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「お父さん、それ、雨の日に歌っちゃダメだって、
お母さんに言われたよ!」
沸き起こる感情のままに私は止めようとした。
父は歌うのをやめない。
「お父さん歌うのをやめて!怖いよ!」
「怖くなんかないよ」
虚ろな目をした父は私のほうを見ない。
「真保、この歌はね、奈津美の生まれ育った村に伝わる歌なんだ。
だけど雨の日に歌ってはいけない。なぜか?
それはね、死んでしまった愛しい相手を呼んでしまうからだよ」
「まさか、そんなこと......」
「奈津美が言っていたよ。
亡くなった母を思いながら、真保へと子守唄にして歌っていた。
ある雨の夜に歌っていたら、足音が微かに聞こえてきた。
母親がいつも履いているサンダルの音だった。
やがて『奈津美』と、自身の名を呼ぶ母の声がした。
奈津美は恐ろしくなって歌うのをやめた。
しばらくしたら、足音が次第に遠ざかっていったそうだよ」
「本当に、死者がやってくる歌......」
幼稚園児のとき、母が怖いくらいに私に止めてきた。
『雨の日には歌っちゃダメよ』
あれは、母の本当の恐怖からだったのだ。
私は、死んだ祖母が来た体験を赤子として記憶していたから
歌を嫌になったのだろう。
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