悪魔の収集

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悪魔の収集

 突然だが、僕はこんな噂を耳にしたことがある。 『この世には、命コレクターがいる』  命コレクターと聞いても、イマイチピンとこない人のほうが多いと思う。僕も最初はピンとこなかった。というより正直、信じてすらいなかった。  数分前までは。  目の前に『命コレクター』を名乗る人物が現れた。普通のサラリーマンのように見える。カッチリとスーツを着ており、短く切りそろえられた髪を持つ二十代くらいの男性のようだ。 「ねえ、そこの君」  会社帰り。電車に乗るべく駅の改札を通り抜けようとしたときに声をかけられた。まだ定期をかざしていなかったため、横に避けて男性に返事をした。 「はい、なんでしょうか」  ただの通りすがりの会社帰りの男に何の用なのだろうか。急がないと乗りたかった電車が行ってしまうため、はやく改札を通りたいところだ。 「人が少ないところにいきましょう」 「え、あの……僕急いでるんですけど」  男性の耳には届いていないのか、聞こえないフリをしているのかは分からないが、男性はずんずん前に進んでいってしまった。これはもう乗りたかった電車には乗れなさそうだ。 「急にすみません」  改めて見ると男性の表情はにこやかで、爽やかな印象を受けた。 「いえ……」  僕は何を言われるのだろうかと少しビクビクしていたが、想像を遥かに超える言葉が男性の口から出てきた。 『あなたの命、頂けないでしょうか?』 「……はあ?」  もしかして僕を殺す気なのかと警戒したが、男性の手に刃物らしき物は見られなかった。カバンも持っていなかった。少なくとも、僕を刺し殺すつもりはないようだ。 「それはどういう……」 「そのままの意味ですよ。あなたのその命を頂きたいのです」  男性は僕の胸元辺りを指しながらそう言った。どうやら本当にそのままの意味らしい。だとしても、急にそんなことを言われて「はい喜んで」という人はなかなかいないだろう。男性は僕がそう言うとでも思ったのだろうか。 「そんなこと言われても嫌に決まってますよ。そもそもあなた一体誰なんですか」  僕がそう問いかけた途端、男性は待ってましたのいわんばかりの顔をして、ポケットに手を入れて何かを探し始めた。 『私は命コレクターというものです』  ポケットから出てきた手には、小さな証明書のようなものが握られていた。男性はそれを僕に見せながらそう名乗った。 「命コレクター……」  最近噂で名前を聞いたばかりだった。所詮噂だと思っていたが、まさか目の前に命コレクターを名乗る人が現れるとは考えてすらいなかった。 「おや、その反応は聞いたことがありましたか」  そんな僕の反応を見て、男性は聞いてすらないのにペラペラと話しはじめた。 「命コレクターとは、名前の通り命のコレクターです。人間様の命を頂き、それをコレクションして楽しんでおります」  男性はスマートフォンの画面を僕に向けた。その画面には、開かれた本の中に何かが入っている写真がうつっていた。恐らくこれが、人間の命なのだろう。 「どうです?あなたもこの命の仲間になるつもりはありませんか?」  もはや一種の宗教勧誘のような誘い方だった。ペラペラと話してから本題に誘導してくる。完全にやり慣れているようだった。 「ありません」 「そこをなんとか」 「嫌です」  その後もこの様なやり取りを繰り返したが、ついに男性の表情が険しくなった。 「いい加減折れてくださいよ。悪いようにはしなですから」 「命取られたら生きられなくなるじゃないですか。なのにそんなすんなり許可できるわけないですよ」  そう言うと、男性もとい命コレクターは目を大きく見開いた。何を言っているんだと言いたげな目だった。 「君、命コレクターをなんだと思ってるんだい」  命コレクターは僕の無知さに呆れ返っているようだった。僕は噂で聞いている程度だったため、命コレクターについての知識は乏しい。 「そんな殺すようなマネはしないよ。そんなことしたらこの国の法律で即捕まっちゃうよ」 「なら一体どんな方法で……」 「それを教えちゃあ、面白くないだろう?」  腹の立つ笑みだった。まるで僕を挑発しているかのような。 「君に少し猶予を与えよう」  自身の右手少しのジェスチャーをしながらそう言った。猶予が作られていることから、恐らく僕があのコレクションの一部になることは決定事項なのだろう。拒否権は一切無さそうだった。 「その間に色々調べるといいさ。真実に辿り着けるとは限らないけどね」  それじゃ。と言い、ひらひらと手を振りながら命コレクターは改札を通って行った。僕はしばらくその場から動けなかった。 (命コレクターについて知ってる人を探さないと)  やっとの思いでその場から動き、僕も彼の通っていった改札を通り抜けた。  翌日。  僕は起きて数十分で簡単な身支度を済ませた。恐らく僕に残されている時間は多くない。それまでに少しでも多く命コレクターについての情報を集めておき、知っておきたかった。  やみくもに探しても時間を無駄に浪費するだけになってしまう可能性も高いため、命コレクターについて知っていそうな友人から聞いてみることにした。  案外簡単に見つかった。 『命コレクター?それなら知ってるぜ』 「なんでもいいから、知ってる限り情報を教えてほしい」 『なんだお前、もしや命コレクターに狙われたのか』  僕が黙っていると、友人もこれ以上触れない方がいいとさとってくれたのか、深く聞いてくることはなかった。 『俺の友達で一人狙われちまった人がいたんだよ』  しかも、何よりも嬉しい実際に狙われてしまった人の話だった。これは有益な情報が得られそうだと、僕はじっと彼の言葉を待った。 『最初は俺も狙われたら殺されると思ってたんだ。だからその友人とももう会えないかと思ってた。けどな、そいつ生きてたんだよ』  どうやら命コレクターの言ってた殺さないという話は本当のようだ。しかし、命をコレクションしてるのに奪われた本人が生きているというのは おかしな話だ。にわかに信じ難い。 「特に変わった様子はなかったの?」 『変わった……。変わってたな。街でそいつを見かけたんだが、声掛けそこねちゃったから家に帰ってたから電話したんだ。なのに出なくて』 「でない?」 『ああ。その後何回かかけ直したし、メッセージも送った。電話は一回も出なかったし、メッセージは既読にすらなってない。他のやつも同じ感じらしい』 「音信不通……」  一人分の情報なので信ぴょう性にはかけるかもしれないが、とてもいい情報が聞けた。 「ありがとう、色々教えてくれて」 「困った時はお互い様だよ」  もう一度ありがとう、と言い電話を切った。  近くのテーブルにスマホを置き、そのままベッドにダイブした。情報を整理すると、コレクションの一部になってからも生きてはいたが、音信不通になってしまったと。音信不通というのがとても気になった。ただ出ないだけかと思ったが、彼の声音から察するに本当に音信不通なのだろう。 「一体どうやって……」  次の瞬間、胸元に鋭い痛みが走った。  ジンジンと長い間痛みが続き、その痛みは段々強くなっていった。思わずベッドから落ちてしまった。 『時間だよ、お兄さん』  脳内にあの命コレクターの音が響き渡った。どうやら彼のいう猶予はもう終わったようだ。 「……」  これが、奪われていく痛みなのか。  僕から命が無くなろうとしている。一体この後の僕の身体はどうなるのだろう。結局どうなるのかの答えに辿り着くことはできなかった。命コレクターも教えてくれそうにない。このまま痛みに耐え、命が無くなってくのを待つしかないのだろうか。 『私と交代しよう』  その言葉が聞こえた瞬間、意味を考える暇もなく意識が飛んだ。 𒅒𒈔𒅒𒈔𒅒𒈔𒅒𒈔𒅒𒇫𒄆𒇫 『私と交代しよう』  最後に聞こえた言葉はこれだった。    その後の僕は、普通に生きているように見えた。今まで通りだ。 (なにしてたんだっけ、僕)  何かを忘れているような気がしたが、思い出そうとすると頭が痛んだため、考えるのをやめた。  何時間気を失っていたのだろうか。外は既に暗くなっていた。  一つだけ、違和感があった。 (身体が自分の思うように動かない……)  歩こうと思っているのに、足が動かない。手を握ろうとおもっているのに、手が動かない。僕の意思で身体を動かすということが不可能になってしまっていたのだ。 (どうして急に)  両手足とも全く動かないため、僕は気を失う前の体制から動けずにいた。どうしたものかと困っていたが、急に身体が動きはじめた。しかし、僕の意思で動いているわけではない。まるで誰かに操られているかのようだった。そして、僕の体はそのまま台所に向かった。 (どこに行くんだ?)  台所に着いたかと思いきや、僕の身体は包丁を手に持った。そして、切っ先を自分の方に向けた。 (!?)  慌てて包丁を置こうと思ったが、やはり自分の意思で身体を動かすことはできなかった。   『これなら、他殺じゃないから捕まらないだろう?』  僕の口先からこの言葉が出たのち、僕の身体はその場に崩れ落ちるように倒れた。
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