探し物

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 最近は欲しいものが無い。  というのも、ただ単に物欲がないというよりは、生活に対して無気力、無欲になっていた。その理由は自分でも分かっている。  先日、母が他界した。  俺はもう何年も実家を出て一人暮らしをしている為、物理的な孤独には慣れていたが、やっぱり肉親を失うという事は精神的な柱を失う事に他ならず、同時に精神的な孤独というものにも晒される。  しかも、昔から俺は母子家庭で、既に祖父も祖母も他界している。  本当に、別れはいつも唐突だ。  それからというもの、ユージのいる公園にも立ち寄っていなかった。そもそも、別に物をくれるから行っていたわけではなく、俺の物欲に応じて物をくれるあいつが興味深かった為に通い詰めていただけであって、今となっては物欲もない為、あいつも渡すものが無いだろう。  それでもやはり、ずっと会っていたあいつとしばらく会っていないと、どうも寂しく感じる。これも親の他界という喪失感からくるものなのだろうか。  特に欲しいものなど無かったが、俺はあの公園に向かう事にした。  公園に着いてまず驚いたのは、ユージの姿がいつもと変わらずあった事だ。  しかし、今日は出迎えはなかった。なんだか、ずっと最後に来た時から俺のことを待っていたような、そんな様子だった。  ユージはベンチの上に座り、俺の事をじっと見つめている。まあ座れよ。と促している様な態度だ。俺は黙って隣に座り、ユージがくれたライターとタバコを取り出して一服した。  ゆっくりとした時間が流れる。こいつとこんな風にただ過ごすなんて初めてで、新鮮だ。  今日はこのままぼんやりと空でも眺めながら過ごそうか。欲しいものがなくて悪いな。何故か施しをいつも受けている側の俺が上から目線で心の中で謝る。  ユージは何も言わず、ただ隣に座っている。ふとベンチの後ろに目をやった。すると、山の様にあった物が全て片付いていた。  ついに行政が働いたのか。俺が欲しいものが無いなら、こいつは渡せるものが今はないと言う事だったのか?合点がいった。俺もお前も、大事なものを失っちまったな、とざらざらとした背中を撫でてやる。ふんふん、と鼻を晴らしてどこか嬉しそうだ。  これからどうしようか。そりゃあもちろん、これからも頑張って生きていかなければならないのだが、家族を失った喪失感はそう簡単に無くならない。  そう失意に暮れていると、ユージが隣でゴソゴソと動く音がした。何かを自分の横から取り出そうとしている。  まさか。今の俺に渡すものなど無いはずだ。先程も言ったが、今の俺に欲しいものなど一つもない。 「ワン!」  ユージは口に咥えたものを差し出す。ほつれて少し汚れているが、どこか「それ」からは温かみを感じる物だった。  そうか。今の俺が一番欲しいものが、そこにはあった。そこにいた。こいつはもしかしたら、ずっと待っていたのかもしれないな。  俺は口に咥えたそれを取り、ユージの首にかけてやる。 「今日から俺とお前は、新しい家族だ」 「ワン!ワンワン!」  途端、雨が降り出して来た。俺は左手に持っていたユージがくれた傘を差し、ベンチを立つ。  もうこの公園にも多分寄る事はないだろう。  お互いにもう来る理由もない。  俺とユージは歩き出した。今度は俺がユージの欲しい物を買ってやらないとな。    元気に歩みを進めるユージに俺は引っ張られて、少し小走りになった。
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