13人が本棚に入れています
本棚に追加
2
『ただいまー…って居るわけないね。』
大学2年の夏休み、8時間シフトのバイトから帰ってきて真っ暗な部屋に入り独りごとを言ってしまった。
当然、隣の弘の部屋も真っ暗だ。今まではバイトして生活費の足しにしている私の方が帰りが遅くなる事が多く“おかえり”って出迎えてくれたのにな。
高校1年生から付き合ってきて、いや、子供の頃から遊んでてこんなに会えないの、初めてだわ…。
弘とは家が近所で小さい頃から戦隊ヒーローごっこをしながら遊んでいた。男の子の遊びに付き合わされているというより、私自身もカッコいいヒーローに夢中になり今に至る。
そんないつも近くにいて話しの合う男の子に恋をするのは当たり前の流れだった。一緒の高校に進学が決まった時に思い切って告白したら耳を真っ赤にして頷いてくれた。
大学も2人で励まし合って、昨年、県外の同じ映像系の学部に受かった。
中学1年の時に父親を亡くして母子家庭だったうちの母は家族ぐるみで付き合いのある弘くんが隣に住んでくれたら安心だと、両家とも快く送り出してくれた。
寝るまで私の部屋でご飯を食べたりビデオを観たり勉強したりする。充実した大学生活を送っていた。
“佐々木くん、次期戦隊に出てみない?”
昨年の9月、特撮研究会サークルOBの塩谷さんからのお誘いが始まりだった。
特撮の制作会社に勤めている塩谷さんによると、次期作品は話題作りの為に中心のレッド以外は現役大学生か高校生、それも戦隊を知り尽くしたオタクの子を探しているとのことだった。
“君、背が高くてスタイルいいし、それなのに特撮オタクってすごくいい”という最高の褒め言葉を貰っていた。
『特撮は好きだけど、俳優になりたいわけじゃないんだよなぁ。そりゃ子供頃はやってみたいとは思ってたけど。』
目立つところに出ることなく過ごしてきたちょっと気の弱い弘はかなり迷っているようだった。しかし、興味があるのもハッキリ感じられた。
『特撮の現場に入れるのは貴重な体験じゃない?演じる方も経験しておくと、ゆくゆく作る側の仕事に就いた時に役に立つかもよ?みんな学生だから学校に支障のないスケジュールで進めるって言ってたし。』
子どもの頃から一途に特撮に憧れ研究してきた姿を知っている私はもちろん背中を押した。
今年の6月から本格的な撮影が始まった。土日は泊まり込みで、平日はほぼ毎日夕方から終電まで。
ろくに会話しない日が増えていく。
最初のうちは昼休みは学食で一緒に過ごしていたが、疲弊してきた弘は食べるとすぐ部室で寝るようになった。
“毎日クタクタだけど現場は勉強することがたくさんあって楽しいよ!”という彼を、大学の単位も落とすまいと頑張る彼を見守ることしかできない。
そして夏休みは地方の合宿所に寝泊まりで全く帰って来れなくなった。
サークルのみんなで撮影現場を見学させて欲しいと部長が塩谷さんにダメ元で聞いてみたけれど情報が漏れるとダメだからとやはり断られた。
そして面会も宅配便も家族以外はダメだと。
私も夏休みは地元には帰らずバイトに明け暮れることにした。
最初のコメントを投稿しよう!