14人が本棚に入れています
本棚に追加
3
弘が合宿所に行ってから連絡は短い言葉のメールだけ。7月が終わる頃には毎日“戸締まり気をつけなよ”だけになった。
メールがあるだけまだいいと思うことにした。
1年間の放映分を短い期間で作るのだから忙しくて当たり前だよね?
長い文章が負担になると嫌なので、私のメールの文字数も少なくするようにした。
そんな生活の中、いよいよ放送が始まった。
テレビの前で正座して膝に置いた手が汗ばんでくる。
髪型を整え少しメイクを施した弘はもちろん素人臭さはあるけれど堂々と演技していた。
ちょっとクールでグループのお兄さん的存在の役柄が控えめな性格の弘にぴったり合っている。
真面目な彼はきっと恥ずかしさを自分で払い除け、周りに迷惑をかけないように努力しているに違いない。
画面の中のブルーの人だけを見つめながら、嬉しい気持ちとそうじゃない気持ちを綯い交ぜにして傍にあったクッションを弘の代わりに抱き締める。
『子ども時の夢叶えたね。すごいよ。』
…答えない相手をさらに強く抱き締めた。
エンディングの曲を聴きながらメールを送った。
“観たよ!凄いね!カッコよかったよ!”
すると笑顔の絵文字だけの返事が届いた。
同時にサークルのグループメールが一気に騒ぎ出した。
“佐々木すげーな!演技うまいじゃん!”
“あんなにカッコよかったっけ?”
“いいわー佐々木くん”
“人気出そうだよね〜”
“亜海ちゃん、あんな彼氏で鼻が高いね!”
そのやり取りを読んでいたら心の中に黒い石がストンと落ちて…それはすぐに重たく大きくなって息苦しくなってきた。
さらに中学の友達からのメールが追い討ちをかけた。
“お姉ちゃんの子どもと見ててさー!佐々木くんに似てると思ってたら本人でびっくりだよー!カッコいいね!連絡してみようかなー。亜海はまだ付き合ってるの?”
大きくなった黒い石は私の心を破裂させた。
なんで?どうして?
今までみんな弘に見向きもしなかったくせに!
佐々木くんのどこがいいの?とか聞いてきたくせに!
身長は高いけどオタク気質な彼を“高身長の無駄遣い”とか陰で言ってたのに!
弘の努力もナイーブさも優しさも知らないくせに!
今さら…今さら…!
背中を押したのは私。
今さらこんな気持ちになるのは私の方が理不尽だってわかってる。
背中を押したのは私。
誰にも泣き言は言えない。
テレビでは来週の予告が始まった。5人が横一列にならんでまた『ただいま参上!』と言っている。
『私のところには帰ってこないのにね』
泣いてはいけないと自分を戒めてクッションに顔を埋めた。
最初のコメントを投稿しよう!