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8月最後の日曜日の午後、都心の小さな遊園地。
屋根はあるが残暑厳しい野外のイベント広場の端に立って、忍者戦隊の登場を待っている。
サークルで誘われてこのイベントを知った。SNSを見てればわかったことだが、私の黒い心は特撮関係のSNSの盛り上がりも見るのが辛かった。
弘からは相変わらず毎晩短いメールが来るが、イベントのことは書いてなかった。
バイトがあるからと誘いは断ってひとりで来た。みんなと話を合わせながら盛り上がるのは…今の私には無理だった。
大音量の主題歌とともに舞台のそでからスーツアクターが飛び出し、イベントがはじまった。暑さに負けずに待っていた子ども達から歓喜の声が上がる。
ひと通り悪者をやっつけた後、今度は俳優陣のトークショーが始まった。今度は大人達からも歓声が上がる。
2ヶ月ぶりに見る生身の弘は、ブルーのシャツに細身のデニムを穿いて…すっかり垢抜けて普通に舞台に立っていた。
“酷暑での撮影とこのイベントで心配だったけど、元気そうでよかった”
心の中でそう呟きながらもガッカリしている自分に気づいて愕然とした。
私は…
やつれていて欲しかったんだ。
オドオドしてて欲しかったんだ。
この仕事に嫌気が差して早く帰りたいと思ってるって感じさせて欲しかったんだ。
頑張っている弘に対してなんてことを…
最低だわ
トークショーは盛り上がりながら進んでいく。マイクを持って笑いながら話す姿が、客席に向かって手を振る姿が白く霞んでいく。
新しい世界に飛び込んだ弘が新しい人脈を得て変化していくのは喜ばしいこと。そこに私がついて行けなくても。
だいたい子どもの頃から一緒にいるっていったって、付き合ってるっていったって、私から好きになって弘は告白に頷いただけだもの。
気が付くとショーは終わって、出口に向かう列が出来ていた。
流れに沿って進み出口のゲートを出ると『碧井』と横から声を掛けられた。
同じサークルで同級生の渡辺くんだった。
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