第6話 囁く低い声

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第6話 囁く低い声

 はあはあ。  息が荒くなる。幾度も幾度も彼はその肉厚の唇を俺のそれに角度を変えては押しつけ、舌を差し入れてくる。  そのうち次第にシャツのボタンを外しだす。舌を顎から首筋から鎖骨から、どんどん下ろしてくる。  正直、俺は事故やら入院やらリハビリやら転校やら一人暮らしやら、ばたばたした青春の中で誰かを相手にそんなことをしたことは無い。彼の一挙一動に俺はただもう、翻弄されるばかりだ。  それだけじゃない。訊ねるのだ。囁くのだ。 「くすぐったいのか?」 「気持ちいいか?」  そして。 「ああ、綺麗だな」  広げた胸、腹、全身に散った、昔の古傷。体中が熱くなるにつれて、一つ一つが地の肌に比べ、ほんのりと色づいたらしい。 「ほら、ここに一つ…… こっちに一つ……」  そう言いながら東条は傷跡の一つ一つに指で触れる。舌を這わせる。吸い付く。  そうかい、そんなところにあったのかよ。内心悪態をついてみる。そしてそこが、自分の身体の中でも感じやすい所だということに初めて俺は気付いた。 「花が咲いたようだ」  思わず俺は明後日の方角を見る。身体の中がむずむずする。ああ全く。何処にそんな台詞をこの男は隠していたのか。  低く深く甘く響く声は、俺の耳から飛び込んで、更に体温を上げて行く。手は次第に下腹部へと伸びて行く。 「うん、綺麗だ」  頭の中が真っ白になった。恥ずかしい恥ずかしい、どうしようもなく恥ずかしい!   なのにその声にどうしようもなく、胸がときめく。力が抜ける。  下着の上から触れてくる手が熱い。 「ど、何処触ってんだよ」  東条はそれには答えない。そのまましばらく布越しに俺の中心をさする。もどかしい程じわじわと。  熱が溜まる。自分自身が布を押し上げていくのが判る。止められない。眉を寄せる。歯を、唇をかみしめる。このままじゃ、あられもない声が―― 「……ひゃ」  東条は俺自身を布の中から取り出す。あんまりじっと見るな、そう言いたいのだが、喉に何かが詰まった様に何も言えない。  目を逸らす。頬に感じる絨毯の感触がこそばゆい。  と。不意に取り出されたそれが生暖かいもので包まれる。ちらと視線を移すと、東条が俺のものを銜えている。  恥ずかしいやめろ、という気持ちと、単純に今までに味わったことの無い心地よさに俺の頭は破裂しそうだった。  水っぽい音を立てながら彼は舌を動かし、軽く歯を立て、時には吸いながら、俺のそれを次第に育てて行く。 「……あ、や……」  やめてくれ、と伝えたいのに、言葉にならない。そのまま続けられては。 「や…… 出る……」  ああ何って甘ったるい声だ! 違う違う、こんなの俺じゃない。すると一瞬口が離れる。 「出せばいい」  ぞくぞく、と背筋がわななく。この男の声は凶器だ。  そして爆発寸前の俺自身を少しだけ強く歯で刺激する―― 「……ああ――」  脱力した身体に、肌に、絨毯の足がこそばゆい。  ……絨毯?  はっとして俺は上体を起こす。目の前では、白濁でまみれた口を拭う東条の姿があった。 「の、呑んだのか!?」 「さすがにこの染みの抜き方を俺は知らん」  にやり、と笑う男の顔に、かっ、と頬が熱くなる。 「だから」  ひょい、と東条は俺を持ち上げた。お姫様抱っこ、という奴だ。そんなことされたこと、病院のリハビリの時すら無い。されてたまるか、とばかりに訓練をがんばったんだ。  焦って足をばたつかせる。なのに俺はこの男の腕から抜け出せない。隣の部屋までびくともせず、先程まで俺が眠っていたベッドの上へそっと下ろす。 「ここでなら幾らでも」  そう言いながら東条は俺の上に乗りかかる。何処をどうやって押さえているのか、まるで動きが取れない。 「……あんた…… いけしゃあしゃあと…… 何でだよ、何でこんな」 「俺は言ったぞ。ホテルを好きな人間が好きだ、と」  う、と俺は詰まる。 「……俺、男だぞ」 「それがどうした」  ああ無駄だ。全く動じてない。  しかも俺自身、結局そんな東条に抵抗しようという気が起きないのだ。
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