プロローグ

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プロローグ

「起きて陽人。着いたわよ」  母さんの声で目を覚ました。  のそのそと車から降りた。家族旅行の宿泊先。「滅多に泊まれないホテ ル」。期待はしていなかった。  けど、その前に立った時、くらりと目眩がした。自分が今、何処に居るのか 判らなくなった。  目の前に突然現れた巨大な建物。突き抜ける様な青い空の下、眩しすぎる程 の白。揺れる高いパームツリー。ここは何処だ本当に日本か?  車から降りて荷物を取り出すと、黒と金色のラインが入った白い制服、筒型 の帽子のお兄さん達が「お持ちします」とにこやかに手を差し出してきた。  重そうな玄関の扉を大きく開け、一歩足を踏み出した。すっと涼しい空気が 頬をよぎった。だがそこはまだ序の口。中に入るにはもう一つ扉が開いた。  途端、眩しくて目を細めた。  異空間。俺の家のある地方都市とも、車で通ってきた長閑な湖の上、田舎道 の似合う町とも違う。  きらきら、そしてずっしりと重そうなシャンデリアが下がった高い天井。靴 の底が映るのではないかと思うくらい、光沢のある白い石の床、太い円柱。  右手には磨き込まれたマホガニのサイドボード。その上手には花の様な曲線 を描く金色の縁取りの大きな鏡。  正面の大きなガラステーブルには季節の花が水盤に末広がりに、それでいて シャンデリアに届く位に高く盛られていて。  更に奥には白いピアノの置かれたティールーム。通路から少し低い空間。優 雅にお茶の時間を楽しむ人々が居た。 「何突っ立ってるの!」  母さんにそう言われたのも気付かない程、どうやら呆然としていたらしい。 またもふらり、と足下が揺らいだ。 「陽人!」  やばい、と本気で受け身を取ろうと考えた時だった。  大きな手がすっと差し出された。支えてくれた。  袖口から判る、白いスーツの男性。彼は良く響く低い穏やかな声で、こう言 った。 「大丈夫ですか」  身体のこわばりがすっと解けた思いだった。    *  それから五年。
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