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マメ
ヨシノがいるソメイラボはブロッサム派の研究施設としての機能を担っているが、無論全員が研究員という訳ではない。食事を作る者や施設管理者、清掃員や経理や物流管理を担っている『その他関係者』も大勢いる。
そうした『非研究者』の中にひとり、オオシマが『替えの利かない重要なキーマンの一人』と語る者がいた。それが、マメと名乗る男性である。
マメは実年齢で言うと30近いそうだが、その性格は少年期から全く成長をしていないという。『大きな子ども』なのだ。
そして、そんな彼の業務は。
「うぅ、寒!」
この施設で最も高い第一研究棟の最上階に彼の部屋はある。ペントハウスのようにだ。ただでさえ山の上という立地な上に風の吹き晒す屋上は尚のこと肌寒さを感じる。
「マメ、入るわよ」
相手が「うん」と言うのを待たずにドアを開けて中へと身体を滑り込ませる。何、ダメと言われたらそれから外で出れば済む話なのだという割り切り。
「やっぱ、ヨシノか。通路とエレベータの監視カメラに姿があったから、『もしかしてこっちへくるのか?』と思ったけど」
あどけない笑顔で差し出された右手には、温かなそうな湯気が漂うマグカップがあった。
「何もないけど、ホットミルクでよければ」
「ありがとう。そういうのが一番うれしいかも」
ゆったりと両手でマグカップを包み込む。手のひらに伝わる暖かさが嬉しい。
「これ、マメが飲むつもりだったんじゃ?」
「いいよ。もう一杯用意すればいいんだし」
キッチンに向かう大きな背中はとても優しげだった。とても、このラボにおける『武力行使担当』とは思えないほどに。
……そう、マメの仕事はガーディアン。この施設に接近する敵や脅威に対して実力で排除をするのだ。
それは時として遠距離ライフルであったり、誘導ミサイルの操作、または小型ドローンによる自爆攻撃の統制だったりする。
彼がここに拠点を構えて24時間体制で警護をしているからこそ、ブロッサム派は安心して各々の研究に打ち込めるのだ。
「マメも昔はスクールで神童養成コースにいたとエドから聞いたけど」
「昔の話さ。それも軍事科だからあんま、他人と交流する機会がなかったし」
『もう一杯のホットミルク』を抱えてマメがヨシノの対面に座る。間にあるのは簡素なテーブルだ。
「何故、軍隊に配属されなかったの?」
普通ならそれこそが『既定路線』だと思うのだが。
「よく分かんないんだけどさ」
マメが肩をすくめた。ホットミルクに混ぜられたシュガーの甘い香りが漂っている。
「『倫理感不足』? っていう理由だったんだ。末端の兵士たちは辺境の武装勢力と戦ったりするから平気で人殺しができないとダメなんだけど、僕ら『将来の幹部』に倫理観が足りないと暴走して味方を殺すことに抵抗が無くなるからって」
マメは他人の生命を奪うことに全く抵抗がないのだと、エドがこっそりヨシノに語ってくれた。だからガーディアンができるのだと。そういう精神の持ち主でなければたちまちにに心を病んでしまうほど、ここのラボは危険に晒されているのだとも言える。
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