祈りの館

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 ダダルが珍しく笑った。子供の頃は良く見せた屈託のない笑みだった。 「まぁ、神っぽくはないな。だから安心するといい。エリッタはどこの誰より人間らしい人間だ。血も通ってるし、その血は赤いし、化け物だとも思わない」  突然エリッタは闇雲に床を掃き始めた。外の光が当たる右頬が赤く染まっていた。 「嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも、ダダル。私がたとえばよ……何かの折に化け物みたいな姿になったら──」  手を止めた。エリッタは「殺して欲しい。誰にも見られたくないの」と消え入りそうな声で言った。それなのに一言一句ハッキリと聞き取れる。 「そんなこと──」 「今のは本当に誰にも言ったことがないのよ。私は怖い。どんな化け物が私の中に居るのかわからないのだもの──」  いつもどこか勝ち気なエリッタが怯えていた。ダダルは何かエリッタの心が軽くなるような言葉をかけてやりたくて、答えを探す。しかし、門番がかき鳴らす鐘の音が響き、何も声をかけることができなかった。 「皇太子が来たわね。久々に聞いたわ、あの鐘。耳障りよね、まったく」  不満を述べるいつものエリッタ。 「じゃあ、迎えに出るか」  ダダルの声がけに反応して一緒に門に向かおうとしたエリッタが自分の手に箒が握られていたことに気付いた。 「これ、片付けなきゃ。先に行ってて。ああ、暖炉に火も入れなきゃ」  急に忙しなく動き出すエリッタに、ダダルが追いついて「薪は奥の部屋か?」と問う。 「つけてくれる? 薪は奥。火を付ける小枝もその横よ。ちょこっと行って火種を取ってきちゃうわね」  持っていた箒をダダルに押し付けるとエリッタは今度はまた外へと向けて駆け出していった。  一人残されたダダルは箒を片付け、その足で薪を抱えてもとの部屋へと戻ってきた。その時、エリッタそっくりの石像と並び自然と見上げていた。  もし、記憶を失う前のエリッタが話していた通り、エリッタが妖魔(カタリオ)だったとして、誰が石像など作るのだろうか。聖女であったなら石像にする理由もわかるが、妖魔(カタリオ)は嫌われ者という立場にある。おとぎ話などにはいたずら好きで迷惑な存在として書かれていることが多いのだ。聖女という存在も曖昧なもので良くわかっていないが、少なくても崇められるタイプのもので  妖魔(カタリオ)とは扱いが違うはずだ。そうなると、エリッタに似た石像があるとなるとエリッタは聖女なのかもしれない。それはそれで由々しき事態だ。なんせ、皇太子は聖女を探している。エリッタが無自覚でも聖女なら、連れ帰るつもりなのではないだろうか。  再び鐘が打ち鳴らされて、ダダルは考え事から醒めて動き出した。姿が見えてから段々と近付いてくるタイミングで鳴らされる決まりになっている。エリッタ達は住人なのでこの鐘を鳴らされることはないし、アシュトンの時はエリッタが鳴らさなくていいと先に言ってあったので静かなものだった。確かにこの鐘の音は不安を掻き立てる。エリッタが鳴らして欲しくないと言ったのは理解できた。  慌てて薪を暖炉に焚べると、もう一度奥の部屋へと戻って小枝を取ってきた。すると松明を持ったエリッタが姿を現した。 「あー、この鐘の音! ほんと、嫌いだわ。心がソワソワするのよ。ゾワゾワかも」  言いながら松明をダダルに渡し、ダダルは小枝に火を付けて薪の下部に突っ込んだ。何度か繰り返すと小枝は段々とお互いを燃やしだした。後は枝そのものをバランス良くその火にくべていく。 「火はもう問題ない。門に行って鐘を止めるように言うか。エリッタはここに残っていろ」 「なんでよ」 「火をつけたのに放置できないだろ。手伝いを誰が呼ぶよりエリッタがここでのんびり火にあたっていたほうが合理的だ」  エリッタは不満そうな表情を引っ込ませて「下手にトリオクロンの民を皇太子に接触させないほうがいいわね。あの人ったら城のメイドにすら酷い態度だったもの」と納得したようだった。  噂話程度にしか知らないが皇太子の評判はとにかく良くない。特にアシュトンが人柄も良く評判がいいのでよく比較されているのは二人も知っていた。まさか関わり合いが出来るとは思っていなかったから、噂話として聞き流していたが今となったらもう少し皇太子の人となりを知っておくべきだったと後悔していた。 「じゃあ、俺は行く」  ダダルは持っていた松明を入り口の松明差しに入れた。 「下手(したで)に出てご機嫌をとっておいて。ダダルが切りつけられたりしたら私は全力で時を戻さねばならないもの」  エリッタの懸念にダダルは両肩を竦めてみせた。 「最低限のことしか話さないから問題ないだろ。そういう忍耐力は長年培ってきたからな」  お喋りでいて我儘を言うエリッタへの当てこすりだが、当のエリッタは「確かに」と、ころころと笑うのだった。
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