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ダダルは初耳だと言うのと共に、疑問を口にした。
「洪水に気がついて駆けつけたのか? 昔、長老に村まで連れて行って貰ったがあそこはここから遠いよな」
トリオクロンから川沿いを行き山を登って行かねばたどり着けないのがキジム村だ。数時間かけなければ村まで行くことができない。
「コリンに誘われて村に行くところだったの。もう途中まで行っていたのよ。全行程の半分以上歩いたところで地響きがして──」
「二人で慌てて村に駆け付けたら、既に村は流された後だった」
コリンの話に「待ってくれ。二人は洪水が起きる前から知り合いだったのか?」と口を挟む。
「ああ。木を切り出し彫刻を作って、時々売りに出していたんだ。しかし、ある日狼に襲われてな。傷を負ってここまで逃げて来て知り合ったんだ」
コリンの話にエリッタが頷いていた。
「それは覚えているのよね。門を叩く音が聞こえて行ってみたらコリンの腕がひどい有り様で驚いたわ。よくあの出血でここまで来れたわよね。言葉には出来ないような噛まれ方で、私は傷を見て直ぐに時を戻したの」
コリンは手首の上辺りをさすってみせた。傷の位置をダダルに伝える為の動作だが、ダダルはその動きに見覚えがあった。考え事をする時に、コリンはそこをよく擦っているのをダダルは幾度となく目撃していたのだ。単なる癖だと思っていたが、そうではないらしい。
「しかしエリッタはほとんど血を吸わなかった。だから、私は一部始終をほぼ記憶しておるってわけだ」
二人は目と目を合わせた。エリッタの方は照れくさそうに口許を緩めて言う。
「忘れてほしくなかったのよ、きっと」
「ああ、エリッタはこの城でたった一人で何年も生きていると話していたからな。もう一人は飽きたとしきりに口にしていたよ。だからなのか、突然きた訪問者にやたらと饒舌だった」
今でもお喋りだがなと突っ込むダダルにコリンも同意して笑った。
「そうだな。時忘れが出来るだけでなく血も吸うエリッタに始めは心の何処かで警戒していたが、あまりに無邪気でしかも話通しなものだから、その警戒心もどこかにいってしまったよ。そのあとはエリッタのたっての希望もあり、それ以降はしばしばトリオクロンに立ち寄るようになっていたんだ」
エリッタの孤独は体の芯まで浸かっていて、どんなにトリオクロンに民が移り住んで来ても、その感情は消すことが出来ないのだ。よってアシュトンとサディアスがトリオクロンに来てみたいと言ったときも、反射的に喜んだのだ。
「なぜ一人でこんな所に居たのか長老も聞いてないのか?」
二人が洪水より以前から知り合いなら、話の流れでエリッタがここに住んでいる理由などを離していたかもしれないとダダルが問うが、答えは期待していたものではなかった。
「家族はどうしたのかと聞いたことがあったと思うが、ただ一人だとしか言わなかったと思うがな……もう随分と昔のことでそこはそれほどな。それよりも質問攻めだった記憶がある。エリッタは外の世界に興味津々であらゆることを聞きたがった」
そこで二人は昔話に花を咲かせ始めた。
村に行きたがったエリッタの様子や、今はもう作っていないコリンの彫刻の話。鶏の彫刻は見事だったとエリッタが褒め、身近な生き物だったからとコリンが満更でもなさそうに答える。
ダダルはそういうことを聞きたいわけではなかったが、辛抱強く耳を傾けていた。どうやら二人は洪水が起こる前、幾度となく交流し親しくしていたらしかった。エリッタの記憶は覚えていることにはかなり事細かに答えてることができ、まるで昨日のことのように語ることが多かった。逆にコリンの方は老齢も手伝って覚えてないことも多かった。
一通り昔話をし終えると、エリッタは明日のために祈りの館に薪を運んでおくと行ってでていってしまった。
「昔の話はつまらんだろ」
立ち上がりながらコリンが言う。ダダルはコリンが完全に立ち上がるのを待って松明を手渡した。松明はパチパチと小さく鳴っている。
「いや、そんな事もないけど」
「よく言うな。つまらんと顔に書いてあるぞ」
コリンに指摘されてダダルは思わず頬を擦っていた。つまらないわけでもないが、なんとなく蚊帳の外のような空気が嫌だったとは言えなかった。
「さっき、一つだけ言わなかったことがあるんだが──」
コリンはそこまで言ってどうやら先を渋っていた。しかし、口を開くことにしたようだ。
「出会った時のエリッタはもう少し年齢が上だったはずだ。これは予想でしかないが、多くのものを一気に戻したから、自分の時も少し戻ってしまったのかもわからん。あとな……これは本人から聞いたのだがエリッタは自身を妖魔であるとも話していた」
妖魔とはお伽噺に出てくるいたずら好きの魔物だ。人を魅了する力があり、惑わせると言われていた。
「妖魔。お伽噺で聞いたことがあるな。百年生きる魔物ってことだったと思うが」
コリンは俯き「そういうのはどこまで本当かわからんだろ。でも、それが本当ならばエリッタの寿命はそろそろ尽きるころなのかもしれん」とボソボソと言った。
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