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外套の中
アシュトンとサディアスが校内を移動していると、一際目を引く美しい赤毛が風に靡いていることに気がついた。
秋風の吹く中庭で、エリッタが柱にもたれ掛かり階段に座っていた。図書館で見るエリッタとは違い目を閉じピクリとも動かない。ただ、髪だけが揺れていた。
「エリッタ?」
迷うことなく近づき声を掛けたアシュトンに、エリッタは気怠そうに瞼を上げた。
「ご機嫌いかが? アシュトン」
口調も重たく、顔色も冴えない。
「それはこちらのセリフだ、エリッタ。体調が悪いのではないか? ダダルはどうしたのだ?」
一度閉じた瞼を難儀そうにまた持ち上げると「あなたたちは四六時中一緒なの?」と質問で返した。
「そうだが。サディアス、ダダルを探してきてくれ」
後ろに控えていたらサディアスが「ああ、もちろん」と今出てきた建物の中へと早々に姿を消した。
「良いのに。私たちはずっと一緒にいるわけじゃないの」
「喧嘩したのか?」
エリッタは「そんなところよ」と目を閉じる。
アシュトンはのらりくらりと返事をするエリッタの横に腰を掛けた。石段に直接座ったことに気がついたエリッタがアシュトンを見て、呆れたように顔を振った。
「王子なのにいいの? そんなところに座ってしまって」
「そんなきっちりした生き方をしたら窒息してしまうだろ。変えられないことも多いが、変えても支障ないことは変えてやろうと思っている」
「そう……堅苦しいの? 王子様って生き方は」
「その通りだ、エリッタ。なりたくてなったわけではないのにな」
色の失われた唇を持ち上げて、今日一番の笑みを浮かべた。
「これまでで一番親近感を抱くわね」
楽しそうだが力のこもらない声に、アシュトンは迷った挙句「エリッタ」と呼びかける。
「抱き上げて構わないか? 馬車でトリオクロンまで送ろう」
アシュトンの申し出にエリッタはフフと声に出して笑った。唇の色が失われており体調は良くないのは一目瞭然だが、表情が晴れ渡ったエリッタはかつてないほど魅力的に微笑んだ。
「ではずっと体調不良のフリをしないとね。アシュトンに抱き上げて連れて行って貰えるなんて光栄なことないもの」
子供のようにはしゃぐエリッタは冗談のつもりで言っている。アシュトンの理性はしっかりとそこのところを理解していたが、不意に襲ってくる感情に戸惑っていた。
「エリッタは……ダダルと付き合っているのだろう? そういう言葉は慎まないと相手を勘違いさせる」
理性からくる言葉とは裏腹に、アシュトンはエリッタを抱き上げていた。ダダルを待つべきだとわかっていても、エリッタの体調不良を言い訳に今なら抱き上げ自分のもののように独占できることに負けたのだ。
「ダダル? ダダルはね、友達兼弟……、いえ私の子供みたいなものだわ。ねぇ、アシュトン。この状況を絵師に頼んで絵画にしてもらえないかしら。そうしたら私一生宝物にするわ」
無邪気に喜んでみせるエリッタの頬は先ほどより上気していた。子供っぽく装っているがエリッタもアシュトンを意識しているのではないかと感じると、ますますアシュトンの理性は小さくなり、欲望が主張するように騒ぎ立てていた。
「アシュトン! ダダルを連れてきたぞ」
中庭を移動し始めて直ぐに聞こえたサディアスの声に気づかないふりをしたいとすら思いながら足を止めた。
「エリッタ。だからあれほど言ったじゃないか」
サディアスが連れてきたダダルが当然のようにエリッタをアシュトンの腕から抱え上げようと手を伸ばす。
「待て、エリッタは俺が連れて行こう。馬車は直ぐそこだ」
お気に入りのおもちゃを取り上げられないよう、高く抱え上げた姿はまるで子供だ。アシュトンの視野にはサディアスの驚きと共にニヤけた顔があったが、敢えて背を向けた。ダダルは伸ばした手を止め「申し訳ない。感謝する」と頭を下げた。
「あ……お姫様みたいに扱って貰えて本当に幸せなんだけど、私ちょっとお腹が減ってるだけなのよ」
大事になって申し訳なく思ったのかエリッタが言うと、サディアスが後ろから「じゃあ、送るついでに最近話題のチョコレート店に寄ったらどうだろう。美味い上に栄養価が高いらしい」と提案した。
「チョコレート?」
腹が空いているだけでここまで顔色は青くならないはずだが、アシュトンはそこは流してチョコレートの説明をする。
「カカオは知っているか? カカオにミルクを入れて固めたもので、かなり美味らしい。大評判になっているのだ」
目を輝かせたエリッタが「食べてみたいわ! 体調を崩すのって皆に労られて美味しいものまで食べられて最高ね」と喜んだ。
「女の子はこぞってチョコレートを買いに行ってるらしいよ。俺たちもまだ試してないから楽しみだ」
サディアスはアシュトンに抱かれたエリッタの横から話しかけながら歩いていく。それから一歩引いて歩くダダルに振り返り甘いものは好きかと問う。
「嫌いじゃない」
捻くれた返答にエリッタが「あれは好きって意味なの」と、おどけて笑わせた。
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