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アシュトンとサディアスは数日後、正式にトリオクロンに招かれ約束度二人だけでやってきた。
普段は馬車で移動する二人だが、この日は天気も良かったこともあり外套を靡かせ馬に跨っていた。遠くからトリオクロンの跳ね橋が下ろされていくのが見えていた。そして、端がすっかり下りると赤毛の女性が現れる。アシュトンが先に馬の速度を下げ、サディアスもそれに倣った。
「エリッタが手を振っている」
アシュトンが元気に手を振るエリッタに目を細めていた。
「とても歓迎されているのがわかるな」
サディアスも思わず笑みが漏れる。
「体調が良さそうで何よりだ」
満足そうなアシュトンに「せっかく元気になってもらうようにチョコレートを購入してきたというのに、必要なかったな」とサディアスが返すと、アシュトンはサディアスに言う。
「健康で、尚且つあの笑顔を拝めるならそれ以上のものはないだろ?」
「そりゃそうだが。アシュトン、それは惚れた男が言いそうなことだぞ」
これにアシュトンは否定も肯定もせず、笑うだけだった。サディアスもそれ以上聞くのも馬鹿馬鹿しくなり、アシュトンを乗せた馬の踊るような並足を眺めていた。
「アシュトン! サディアス!」
跳ね橋の手前で馬から下りた二人をエリッタは迎えに走ってきた。門番たちも出てきて、二人から馬を預かって連れて行った。
「エリッタ。元気になったようだな」
エリッタに笑顔を向けてアシュトンが声を掛けた。
「元来、とっても元気なの! あなた達はレアな私を見たってことよ。サディアスもいらっしゃい」
「ああ、じゃあチョコレートはもういらないかな?」
サディアスが言うより早くアシュトンは外套から手を突っ込みポケットから包みを出していた。それをエリッタに渡す。
「気に入っていたようだから持ってきた。あとで食べるといい」
反射的に喜びを爆発させてエリッタはアシュトンに飛びつこうとしていた。すんでのところで止まって耐えていた。なんせ飛びついたらチョコレートの包みが落ちるか潰れてしまう。
「危なかったわ。ありがとう!」
宝物を受け取るように慎重に包みを受け取ると、遅れて出てきたダダルの方へと振り返った。
「チョコレートをいただいたのよ、ダダル」
二人に頭を小さく下げるとダダルはエリッタから包みを受け取り「エリッタが案内して差し上げるといい。その前に門の手前に長老が挨拶に来ているから」と、伝えた。
「ああ、じゃあ馬をどこに繋いで貰えるのか一応見ておきたいから、ダダルをかりるよ。二人で行くといい」
サディアスの提案に少し引っ掛かりを覚えたようなダダルだったが肩を組まれて、強引に連れて行かれてしまった。
「サディアスってばダダルがお気に入りなのかしら?」
不思議がるエリッタにアシュトンは困った笑いを浮かべつつ「変な気を使う奴なのだ」と説明したがエリッタは疑問符を浮かべたまま一応頷いていた。
気を取り直したエリッタが行きましょうとアシュトンを先導する。そして大きな門をくぐって直ぐのところに杖をついて佇む老人が待っていた。これが先の話に出てきた長老であることは一目瞭然だった。年齢を重ねた温和な表情はどこか親しみを感じさせる。
「こちらトリオクロンの長老、コリン。ダダルの祖父なの」
なるほど、そう言われると面影があるとアシュトンは握手を求めた。
「アシュトンです。彼らとは学校で一緒に学んでいます」
コリンの手は老人とは思えぬ力強さがあり、しかしながら老人らしく冷え切って冷たかった。
「よくおいでくださった。王子という立場を自己紹介時に言わぬとは、驚いた」
エリッタがニコニコしながら「ね? 気さくでしょ。だから私はアシュトンが大好きなのよ」と、声を弾ませる。
「お待たせしていたのではないですか? 手が冷たい」
「ああ、今日は晴れておるが風が冷たいから。アシュトン様、早速ですがお誓いください。ここでのことは外に漏らさぬと」
「もちろん、誓います」
はっきり宣言したアシュトンを見つめる顔がダダルに重なる。心の奥まで見透かすような視線が本当によく似ていた。
「では、何もないところですがゆっくりされるといい。いや、エリッタが居ればそれだけでこの地は魅力的だから何もないわけではないがな」
ダダルより饒舌なのだと思いながらアシュトンは手を離した。そしてダダルとは違い朗らかな笑顔でエリッタを見るし、エリッタも感化されて同じように笑みを浮かべていた。アシュトンは最近馴染みになったモヤッとした胸のざわつきを覚えながら二人の様子を眺めていた。
周りを見渡せばトリオクロンの民が行き交いながらアシュトンを気にしていた。アシュトンもトリオクロンの民を見て、総じてこざっぱりした身なりで清潔なのを感心していた。浮浪者はおらず、建物も崩れているものが一つも見当たらない。手入れが行き届いているようだ。何より、子どもたちの歓声が聞こえてくるのが平和を感じさせる。
長閑な雰囲気に自然と笑みが浮かぶ。王都イラボリーも治安はいいがここまでではなかった。
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