外套の中

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 すれ違う人々が道を譲り頭を下げる。エリッタは一人一人に挨拶をしたり、近況を話したり忙しい。 「皆と顔見知りなのだな」  エリッタの後ろを歩きながらアシュトンがのんびり歩いていた。貴族以外の生活をこれほど間近で見たのは初めてなのもあり、全てが目新しかった。もし、エリッタがトリオクロンの民と話していなかったら質問攻めにしてしまうところだ。 「ええ。あ、祈りの館へ行くわね。トリオクロンで一番立派な建物なの。と言っても学校よりも見劣りするだろうし、王城と比べたら──比べる必要ないわね」 「比べるつもりはない。トリオクロンはトリオクロンの良さがあるように思う。人々は幸福そうだし清潔感もあっていい」  アシュトンの言葉にエリッタが振り返り、口角をぐいっと上げた。 「アシュトン、あなたなら素晴らしい王になれるわね。なんていい人なのかしら」 「俺は第二王子だから王にはならないが、賛辞として受け取っておくよ」 「あー、そうだった! お兄さんもあなたに似ているの?」  ちょっと残念そうに言いながら、再び向きを戻し歩き出した。美しい赤毛がフワリと浮いた。 「性格的な面で言うなら似てないな。外見は少し似ているが。母が違うからな。とはいえ、幸か不幸か二人とも父親に似たらしい」  階段を上っていくと、確かにトリオクロンの中では異質で見事な建物が視界に入ってきた。そこだけ王都の建築物を移築したようなアシュトンにとって馴染みのあるものだった。 「はい。到着! 名前の通り、ここは祈りを捧げる場所なの」  エリッタは重そうな扉を押し上げると、中に足を踏み入れて身震いする。 「外は暖かいけど中はひんやりしてる。暖炉に火を入れておけば良かったわ。お客さんなんて来ないから気が利かなくてごめんなさい」  エリッタが言うほど外も暖かいわけではないが、中に入れば言いたいことがよくわかった。閉じ込められていた夜気にグッと温度を持っていかれる。 「エリッタ、おいで」  エリッタは普段使いのドレスしか身に纏っていないが、アシュトンは外套を着けていた。外套の前を開くと小さなエリッタを背後から包みこんだ。 「ワォ、あったかい! 雛鳥の気分だわ」  はしゃぐエリッタとは裏腹に、アシュトンは自分の行動を呪っていた。言動は子供みたいなエリッタでも、体を密着させれば否が応にも女性らしい体つきなのが感じられた。しかもはしゃいで見せているが頬が赤らんでいるのが垣間見えて、アシュトンは急いで話題を探さなければならなかった。意識を違うところに持っていかねばと、室内を見回す。 「あの石像は?」  入ったところから正面に佇む女性の像について尋ねる。エリッタを意識しすぎているせいか、石像がエリッタそっくりに見えた。 「えっと……あ、石像、石像ね。ここにずっとあるのよ。謂れはわからないけど、私に似ているでしょ? きっと私の身内なのだと思う」  「記録はないってことか」  懐に入れたエリッタを意識しすぎて似て見えるわけではないらしい。アシュトンは今の自分はどうかしていると思った。 「そう。だから図書館に通っているってわけ。この石像のことも、トリオクロンのことも、何にもわからないから」  エリッタの図書館通いの理由を知れたことは、秘密を共有したようでアシュトンにとってくすぐったいことだった。もちろん、本人は隠したりしているわけではなさそうだが、それでも知っている者が少ないと思えばそんな気持ちになるのだった。 「収穫はあったのか? 図書館通いで何かわかったことは?」  この問いに対し、思ってもみない方向から答えが返ってきた。 「ほぼ、ありません。トリオクロンに関しての記述は皆無ですから」  エリッタとアシュトンは同時に声の主の方へと顔を向けた。ダダルとその後ろには最近よく見るニヤついたサディアス。 「二人にした途端、ずいぶん距離を詰めたみたいだな」  からかうサディアスが忌々しいがアシュトンは出来る限り澄まして「近ければ寒くなくなるからな」となんでもないように言い放った。 「ホント、暖かいわ。寒い夜はアシュトンが必要ね」  ね。と、懐から見上げるエリッタに罪はない。言葉はそのままの意味で深い意味はないのだ。それでもダダルはこれまでで一番険しい顔をしているし、普段は茶化すサディアスすら息を止めていた。エリッタ以外の全員が夜の幻想へと漂っていた。 「その時は──ぜひ力になろう」  アシュトンは自分が愚かな失態をしたことに気がついていたが、言わずには居られなかった。その役を誰にも譲りたくなかったし、特にダダルを遠ざけたかった。 「ここは寒い。食事を用意してある。場所を移しましょう」  ダダルは抑揚のない単調なリズムで告げると、背を向けた。背後に立っていたサディアスと不覚にも向かい合い、不機嫌にどうぞと声を掛けると館から出ていってしまった。 「もしかして……私、際どいことを言ったかしら」  今頃、発言の艶かしさに気がついたエリッタが、申しわけなさそうに外套から出てきた。 「ごめんなさい。私、そのぉ恋愛的なことに疎くて」  顔を赤らめたエリッタに「エリッタは可愛らしいのに恋愛をしたことがないのか」と、サディアスが驚いてみせた。 「お二人はここの人ではないからね。トリオクロンの民なら私とそういう関係になりたいなんて思う人は居ないのよ」  寂しそうに言うと顔を振って、いつもの元気なエリッタに早変わりして「お腹空かない? 行きましょう」と外に向けて歩き出した。  エリッタについて歩いてきたアシュトンがサディアスに並んだ時、サディアスが小声でコソコソと告げた。 「エリッタが勘違いしてる間にダダルから奪うんだな。少なくともダダルの認識はエリッタとは違うようだし」  普段は余計なお節介だと一蹴するところだが、今回はアシュトンも同意見だった。とは言え、間近にエリッタがいることもあり、アシュトンはそれ以上話すなとサディアスを睨んでから歩いていった。
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