転機

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 サディアスは数日後、わざわざトリオクロンまでエリッタを迎えにやってきた。前日に来ると聞いていたのでエリッタとダダルは門の前で待っていた。  雪がチラつく中、馬車が近づいてくるのをエリッタは白い息を吐きながら待ち構えている。 「人が訪ねてくるのってなんでこんなに嬉しいのかしら。ね? ダダル」 「俺はそんなに嬉しくないが」  横に並ぶダダルはエリッタの言葉を全否定するが、エリッタは気にする素振りはない。 「サディアス! あら、今日も一人なの?」  馬車から下りてきたサディアスが一人なのを見て、エリッタは馬車の中を覗き込む。 「ああ、アシュトンは風邪を引いたのか体調が優れなくてね」 「そうなの? 付き添っていたほうが良かったんじゃない?」 「王城に置いてきたから問題ないさ。なんせ近衛兵や医師も居るんだから」  エリッタは二回頷いて、その後に首を捻った。 「でも、ずっと一緒に居るって話してなかったかしら?」 「基本は一緒だけど、たまには別行動の時もある。さ、街の服屋に行こう。立ち話は寒すぎる」  エリッタに手を貸して馬車に乗せると、ダダルも先に乗るように勧めた。ダダルはそれに従いエリッタの次に馬車に乗り込み、隣に腰を下ろした。最後にサディアスが馬車に乗り込むと扉を閉めた。 「出してくれ」  サディアスが外の御者に指示を出すと馬車はゆっくりと動き出した。馬車の中ではもともとおしゃべりなエリッタがいつにも増してよく話し、サディアスがにこやかに相手をしていた。楽しいと時間は瞬く間に過ぎていき、馬車は街でも非常に賑わう地域にある一軒の服屋の前に着いた。 「着いたみたいだ」 「もう? この馬車特別速い馬にひかせているの?」 「エリッタが居ると馬も力を発揮するのかもしれないな。俺も速く感じたから」  感じよく同意するサディアスより先に馬車の戸を開けたダダルが先に外へと下り立った。 「豪華な馬車が停まっているが、先客か?」  そんなはずはないとサディアスも馬車から下りる。そして確かに今乗ってきた馬車に引けも取らない馬車が停車していることに表情を曇らせた。 「王家の紋章が入っている……」  馬車を見るなり呟くと服屋の入り口を目指す。エリッタはダダルの手を借り馬車から下りてきて服屋の店内に足を踏み入れた途端に「アシュトン!」と叫ぶサディアスの声を聞いた。  ダダルはバタンと馬車の戸を閉め「どこの主も言うことを聞かないもんだな」と、仏頂面だ。 「私は聞いてるわよ?」  直ぐに反応したエリッタに一瞥をくれただけで、ダダルは答えなかった。  服屋は絨毯が敷かれ、部屋も春のように暖められた天国のような店だった。そこのソファに身を委ねるアシュトンはいつも以上に高貴な雰囲気だ。サディアスに説教されながらもアシュトンはエリッタに片手を挙げてみせた。 「やぁ、エリッタ。ダダルもよく来てくれた」 「アシュトン、お前は来るべきではないと言ったよな? 風邪を拗らせると大病に繋がるぞ」  ダダルもサディアスに同調し「出かけてこないほうが良かったのでは?」と外套を脱いだ。 「数日前からなんとなく胸のあたりが良くなくて。とはいえ、熱もないしそろそろ治ると思っているのだが、サディアスが煩くてな」  エリッタも自分の外套を外し「数日前? それは困ったわね」と、顔を曇らせた。 「治ると思っているじゃなく、治ってから出てこい」  サディアスの憤りをアシュトンは「ここでエリッタを眺めているだけだ。体力も消費しないし、良いじゃないか」と、またもや一蹴した。  ダダルに体調不良を咎められ、よく説教されるエリッタはアシュトンの気持ちが理解できた。それでも、これまで見てきたアシュトンよりかなり顔色が良くないのが気になってアシュトンに加担することができなかった。 「心配だわ、アシュトン」 「ここに座っているだけだ。問題ない。それに君がドレスを身に着けるのを見逃すなんて惜しいじゃないか」  サディアスは口に出さなかったが、エリッタはサディアスの「やれやれ」という心の声が聞こえていた。 「じゃあ、急いで着せてもらうわね。そしたら直ぐに帰れるわ」  エリッタの言葉に後押しされて、サディアスが店主に作業を始めてほしい旨を話しに行った。エリッタも呼ばれたため、ダダルとアシュトンは二人でその場に残された。 「数日前とは、正確には何日前から調子が悪いのですか?」  アシュトンの隣に移動しながらダダルが聞いた。アシュトンは大きく息をついてから考え込む。 「二日前か、それくらいだ」 「症状は?」 「なんとなく胸のあたりがムカムカする。口の中もピリピリというか違和感がある」  ダダルは腕を組んでアシュトンの症状を諳んじた。 「で、医師には診てもらってますよね。医師はなんと?」 「食べ過ぎではないかと言われた。胃の腑から液体が逆流しているように思うと。食べ過ぎた記憶はないんだがなぁ」  ダダルは耳を傾けながら考え込んでいた。
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