転機

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 二人で小雪が舞う中を歩いていた。ダダルは小さく息を吐いた。白い息が完全に消えた頃、口を開く。 「戻ったら俺の血を吸ってくれ。たまにふらついているから」 「うん……」  エリッタは空を見上げて降りてくる雪を頬で受ける。 「アシュトン、大丈夫かしら。二日より前から毒を盛られていたら──」 「その頃は体調も悪くなかったようだから、大丈夫だろ。強い毒ではなかったんだろうし。蓄積されなければ平気だ」  だといいわね。と、元気なくエリッタは返した。 「無理して話さなくていいぞ」  クシャっと表情を崩したエリッタだったが、いつもの軽口が出てこないようで、唇を噛んだ。 「もう、会えないのかしら」  言いたくないのに出てしまった言葉たちにエリッタは打ちのめされてまた唇を噛んだ。 「会わないほうがいい」  再び顔を歪めるが、今度は目に涙を溜めていた。こぼれ落ちてしまわないようにまた空を仰ぐ。 「仲良くなれたのに……」 「いいだろ。俺──も、皆もいるだろ」  エリッタはそうねと口にしたあと、振り返り街の方をみると、もう一度そうねと繰り返していた。  それなのに翌々日、図書館にエリッタとダダルが居たら、アシュトンとサディアスが顔を出したので、文字通りエリッタは驚いたし、ダダルは顔を歪めていた。 「服が出来上がったんだ。それで──」  サディアスの何ら変わらぬ態度にダダルが思いっきり勢いをつけて立ち上がった。イスが倒れそうになってアシュトンがとっさに手を出し止めた。それでも響いた音に、数人の生徒が顔を向けていた。 「サディアス。ちょっと向こうで話がある」 「もちろん。こちらも城に来てもらう予定を話したくて──」 「いいからこっちへ!」  サディアスの腕を掴んでダダルが大股で図書館から出ていく。サディアスはエリッタとアシュトンにおどけて手を振りながら連れ去られていった。 「隣に座らせて貰うがいいかい?」  アシュトンに言われて我に返ったエリッタが、なんとなく辺りをキョロキョロ見回してから頷き許諾した。 「エリッタ。君からはなにか話したいことはあるか?」  穏やかな口調で言われているのに、エリッタは重しを乗せられたように緊張し、体を強張らせていた。 「えっと……」  アシュトンの体調はどうなのか尋ねたいエリッタだったが、ダダルがサディアスにあのことを口止めしていたから聞くに聞けなかった。 「じゃあ俺から話そう。サディアスとは子供の頃からずっと一緒だった。親友であり、兄弟のようであり、忠実な下僕でもある。君とダダルのように。だから我々の間に隠し事はない」  エリッタは前を見据えたまま瞬きを繰り返す。 「隠し事はないのだ。エリッタ、救ってくれて感謝している。ありがとう」  アシュトンの優しい旋律にエリッタはさらに激しく瞬きをした。 「私、あの……聞いていないかもしれないけれど、あなたの血を吸ったの」 「そこも聞いている」  落ち着いたアシュトンの返答に、エリッタは動揺しテーブルに乗せていた手を握りしめた。 「そう……気持ち悪いでしょ」  アシュトンが「エリッタ」と名を呼び、テーブルの上で震える小さな手を握りしめた。 「救ってくれたエリッタを気持ち悪いなんて思うわけがない。エリッタだって俺がそうしたら気持ち悪いと思うのか?」 「わ、わからないわ。私以外にそんな生き物みたことないもの」  いまいちど「エリッタ」と優しく呼び掛けられてエリッタはアシュトンを見た。 「背負っているものの重さは違えど、俺も生まれた時から逃れられないものがある。王族であるのは時として息が詰まりそうになる。今回、毒を盛られたこともそうだ。このような立場に居なければそんなことも起きなかっただろう」  アシュトンは周りとの距離を推し測り、尚且つ小声で言う。 「血を吸うことに嫌悪感があるようだが、俺は君に血を吸われたと聞いて嫌だとは思わなかった。サディアスなんか実際に見ていたが、自分も血を吸われてみたいと言っていた」  ビクッと反応したエリッタに、アシュトンは声を抑えて笑っていた。 「驚くだろ? なぜかと聞いたらとても官能的だったと言っていた。俺がそれを聞いてどう思ったか聞きたくないか?」 「どう思ったの?」 「ちょっと悔しかった。俺も見たいと思った」  バカね。と、泣きそうになりながら笑うエリッタに、アシュトンは認める発言をする。 「馬鹿にもなるさ。君は魅力的だからな。とにかく、サディアスと話し合って、俺たちはこれまで通り君達と付き合っていくことにした。どうだろうか、エリッタはそれを受け入れてくれるか?」  エリッタはコクコクと頷いて「でも、私のこのことは秘密にしてもらいたいの。それでもいいのなら」と答えた。 「エリッタと秘密を共有できるのは不思議と気分がいい。話さないよ。トリオクロンの民は知っているということであっているのか?」 「ちゃんと知っている人は少ないわ」  アシュトンは青い目を細めて「それはかなりの優越感だ」と微笑んだ。エリッタは晴れ渡った空の色そっくりなアシュトンの目に惹き込まれていた。 「アシュトンの許嫁様があなたに固執するのがわかるわ。その美しい目で見ているのが自分だけなら良いのにって──あ、何言ってるのかしら私」
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