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王城
エリッタはいたく機嫌がいい。
空気は完全に冷え切り、あたり一面銀世界で冬景色になっていた。
「リンゴのコンポートと干し葡萄でパイを焼いてきたのだけど、こういうのって王族の方も喜んでくれるのかしら」
ダダルと並んで馬車に揺られるエリッタが傍らに置いたバスケットを覗き込む。掛かっていた布巾を上げると大きく息を吸い込んで香ばしい匂いを胸の中へと収めた。
「さぁな」
アシュトンが馬車の迎えをよこしてくれたお陰でエリッタとダダルはぬくぬくと馬車で過ごすことができていた。それなのに、ダダルはいつも通りかそれ以上に機嫌が悪かった。
「ダダルの所にもパイを置いてきたから帰ったら食べて頂戴」
「どうも」
エリッタはとうとう我慢しきれなくなってダダルに問いただす。
「なんで、そんなに機嫌が悪いのよ」
ダダルは窓枠に肘を乗せて外を見たままため息をついた。
「エリッタの秘密が漏れたことに腹を立てている。それと、エリッタが血を吸えと言っても拒否をする。以上」
「体調はいいって言ってるじゃない。アシュトンの血を飲んだわよ。ミルクでパンパンになった子猫のお腹みたいにとっても膨れてました!」
嘘が下手すぎると、次は呆れたため息をダダルがついた。
「でも本当に飲んだのよ?」
ため息ばかりのダダルを窺ってエリッタが主張した。それでも、ダダルは険しい顔のままだ。
「目から血を流したのなんて初めて見た」
「本気でやると耳からも鼻からも口からもでるわ。理由はわからないけど恐ろしい見た目になるのよ」
「長老から聞いている。でも、自分の目で見てみるとエリッタがそこまで体の負担をおして他人を助けなければならないのかと疑問に感じた」
ダダルの言いたいことを噛み砕いた後にエリッタも笑みを消して真面目に返した。
「助けたいと思えばやるわ。それで私の命が尽きたらそれはそういう運命なんじゃない? ダダルが毒を盛られていたら全力で助けるもの。もう、あんまり怒らないで? 私はダダルの怒った顔よりも滅多に表に出さない笑顔が好きなんだから」
「滅多に出さないは余計だろ」
んー。と唸ってから「時々しか?」と代替案を出すが「変わってない」とぶっきらぼうにダダルが返す。
和気藹々とまではいかなくても、少しだけ緩和した馬車内でエリッタはおしゃべりを開始する。ダダルは聞き役に徹し、馬車は王都を走り王城へと入っていった。
壁や柱は石造りで繊細な彫刻が施されていた。それに門兵や使用人といった下々の者ですら、エリッタ達が普段着ているものよりも上質な生地の服を身に纏っている。
「ワォ、凄いわね。確かにこれじゃ、私に新しいドレスを作ってくれるわけだわ。招かれた客がみすぼらしかったら困るもの」
滑るように王城の入口に馬車が横付けされると、そこにはサディアスだけではなくアシュトンまで待っていた。
「仰々しいな」
ダダルの言葉通り、エリッタもまさか二人が待っているとは思ってなかったので驚くばかりだった。
「よく来てくれた。ダダルが反対して来なくなるのではないかと心配していたんだ」
サディアスが馬車のドアを開けて放ったそれは、おおよそ的を得ていた。出発直前までダダルは行かないほうがいいと主張し、長老が説得するまで頑なに意見を変えなかったのだ。
「そんなこともない」
ダダルは下りながらしれっと嘘をついたが、続いてバスケットを抱えて下りたエリッタもそこは言及しなかった。
「アシュトン、サディアス、お招きありがとうございます。これ、私が焼いたパイなの。良かったらどうぞ」
サディアスがバスケット毎受け取り「いい匂いのもとはこれか。後で出させてもらうよ」と請負った。
アシュトンはエリッタに手を差し出し、そこに手を乗せたエリッタのその手を自分の肘に掛けさせた。
「では行こう。サディアス、ダダルを頼んだ」
えっ。と声が出たのはダダルもエリッタもほぼ同時だった。
「ダダルには剣なんかを見せようかと思ってね。エリッタの事は心配することない。さぁ、こっちに」
サディアスは説明とも言えないことを話してサッサと右の廊下を進むし、アシュトンはアシュトンでエリッタを伴い階段を上がり始めた。
「剣や鎧を展示している部屋があるから、そこを案内してから来るから心配はいらない。サディアスの部屋も案内するらしい」
アシュトンの方が細かな説明を加えて話すが、それはダダルには伝わらない。きっとまた不機嫌な顔でサディアスに付き従っていることだろう。
「それよりも、エリッタ。今日のドレスは本当に似合っている。トリオクロンの皆にも言われたのではないかな?」
エリッタはあまりに礼儀知らずな態度をとっていたことに慌てていた。
「あー、私ったら、こんな素敵なドレスを作ってもらってお礼を言えてなかったわ。皆も褒めてくれたわ。こんなオシャレなデザインの物を着られるなんて夢みたい。アシュトン、ありがとうございます」
アシュトンは目尻を下げて「こちらこそ、美しいエリッタを見せてもらって今日は最高の一日になりそうだ」と答えた。
「もし本心で言ってくれているなら嬉しいわ」
「本心以外の言葉を口にする必要があるか? エリッタはいつでも真っ直ぐな言葉を掛けてくる。それならばこちらも嘘偽りない言葉を話すだろう」
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