王城

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 アシュトンも嘘偽りない言葉を口にしているとエリッタは感じていた。それが心地よいというのはわかる。 「サディアスが俺とエリッタを二人にしたのは理由があって──」  廊下に面して何個もある扉のうちの一つをアシュトンは開けた。そこにエリッタを通すと後ろ手で扉を閉めた。 「俺だけエリッタの力を見てないだろ? いや、見たのかも知れないが記憶にはない」  エリッタは大きな窓に嵌められた透明度の高い窓に歓声を上げそうになっていた。まるでそこにガラスが存在していないみたいだった。 「それは、私に血を吸われると記憶が失われてしまうし、そもそもアシュトンは毒のせいで意識がなかったわ。あの、この窓凄いわね!」  目が飛び出るほど高価であろうガラスを思わず真横から観察したりして、アシュトンの話が上の空になるエリッタだった。アシュトンは咎めることもなく「気に入ったならエリッタの家の窓用にガラスを贈る」と、恐ろしく太っ腹なことを言った。 「いえいえ、いいの。ただ凄いって思っただけ。なんの話だったかしら」  外の景色や歩いているは人の表情まで見えるガラスにまだ興味が引かれつつも話を戻す努力をする。 「記憶がないという話だ。そこのソファに座るといい」  窓の前にあるソファは革張りで、こちらは年季が入っていて燻したような良い色合いになっていた。 「笑われるとわかってても言ってしまうけど、王城ってほんと至る所お金がかかっているのね。ちょっと驚きだわ」 「民の税金で成り立っている生活だ。民が不満を抱くことがないように耳を傾けて政治を行うのがいい王だと思っている。現王もその点は合格なのではないか? 不満などはほとんど耳にしないから」  硬めに設えてあるソファに腰を下ろしたエリッタが「そうね。でも貧困街があると聞いているわ。そこの人は不満を抱いているのではないかしら?」と、普通なら聞くのも憚れる相手にあっさりと問う。  アシュトンもエリッタの隣に座る。エリッタはその反動でアシュトンの方へと体が斜めになったが直ぐに座り直してしゃんとした。 「貧困街はなかなかなくならないのが現状だな。国外から入ってきた民は土地を持たない。家を借りようにも縁故がないと難しいらしい。結局、豊かな我が国に夢を抱いてきても、行くところもなく貧困街でその日暮らしになっていくとか」 「土地を与えるのは難しいものね。既に多くの土地に持ち主がいるわけだし」  トリオクロンも城壁内には空いている土地はない。子沢山の家では子が大きくなった時、分け与えてやる土地はないのだ。そうなると、子はトリオクロンを離れて違う場所で行きていくほかなくなる。 「せめて街にもう少し居心地の良い集合住宅を作り、土地がなくても生活できるように商いをさせてやりたいが──ではなくて、記憶がない話に戻りたいのだが」  話したい内容からそれてついつい主張を述べてしまったアシュトンが我に返って話の軌道修正を試みた。 「あ、そうね。何が聞きたいの? 難しいことはないのよ。時を戻すでしょ、そうするとマナが不足するの。それを吸血することで補うと、その相手は記憶を失うのよね」 「時を戻す判断はエリッタがするのだよな? それともダダルなのか?」  アシュトンの発言にエリッタは目を丸くした。 「ダダル? ダダルは関係ないわ。いつも体を酷使し過ぎるから時を戻すなと怒られているだけで、判断は私がするの。とはいえ、ダダルが本気で怒るものだからなんとなく顔色はうかがっちゃうけどね」  エリッタの説明に耳を傾けていたアシュトンがまた違う質問を投げかける。 「例えば、王が病に倒れたらエリッタは助けてくれるのか?」 「その質問は難しいわ……。特に病は長い時間を経ての結果でしょう? どこまで時間を遡ればいいのかわからないし、たくさん時間を戻すって私にはかなりの負担なの。それに高貴な方ってだけでは力は使わないわ。私が助けたいと思う相手を助けるの。だから、近しい人ばかりね」 「トリオクロンの民には力を使うということかな」  質問が途切れないアシュトンにエリッタが「たくさん聞くのね」と言うがきちんと考えをまとめてから口を開いた。 「そうよ。でも、かなり限られたケースにしか使わないかも。さっきも言ったけど病の場合はどこまで戻れば治るのかわからないから、基本的にはやらない。あとはお年寄りは天寿を全うする必要があるわ。そこは家族に請われても時は戻さないわ」  ここでアシュトンと呼び掛けてエリッタは話を切った。 「正直、この話はしたくないわ。理解しようとしてくれていると思っているから話すけれど、話しているうちに……私がどれほど非情で人でなしかとおもいしらされるから嫌なのよ。あなたは血を吸っている私を見ていないから怖くないのでしょうけれど、予備知識なしに私が人の血を吸ってたらどう? 気持ち悪いでしょ?」
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