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だからエリッタはガラスに興味を示したりしていたのだとアシュトンは気がついた。話をそらしたかったということだ。
「気持ち悪く思うかどうか、やってみよう。ここで俺の血を吸ってみてくれ」
険しい顔をしたエリッタが「意味ないわ。血を吸われた側は忘れてしまうと言ったでしょう? これも私という化け物を恐れさせないための狡賢いやり方なのよ。時を戻し、相手の血を吸って、回復しながら、怖がらせないために記憶を奪う」とつぶさに反論した。
なぜか今日のアシュトンはやたらと諦めが悪く、エリッタが説明しても納得していないのは表情で読めるのだ。エリッタの方もちょっと腹を立てていた。
「もう、なんだっていうのよ。楽しくお話したいのに」
「俺は君を気持ち悪いと思っていないことを伝えたいだけだ」
アシュトンを睨んで暫く黙っていたエリッタが首を振った。
「私は私が気持ち悪いわ。よく物語にあるじゃない? 悪の使いは恐ろしい生き物に変身するって話。私だっていつ自分がそうなるかわからないのよ。どんな化け物が潜んでいるか、私にもわからないの……」
「エリッタ。抱きしめるぞ」
意外なことにアシュトンは一言断りを入れてから、エリッタを自分の胸の中へと抱き寄せた。怒っていたエリッタは慌てたが、なぜだか気持ちが落ち着きを取り戻していくのを感じていた。
「エリッタは恐れているのだな。自分の中にある他の人とは違うものを。図書館に通って調べものに性を出すのもそこなのだろう? 自分が何者か知りたいんじゃないか?」
人の温もりはエリッタにとって最上級のご褒美だった。たくさんの人を一気に救った時に、エリッタは自分の記憶をなくしてしまっていた。朧気ながら何が起こって、自分がどうしたのかは覚えていたし、それより以前の事も断片的に記憶していることもあった。しかし、なぜ一人でトリオクロンで暮らしていたのか、どうやって生計を立てていたのか、自分は一体いくつなのか、そういう生活の一部といっていい記憶はまるでなかった。
「知りたいわ。私自身、記憶をなくしているの。だから、なおさら私という生き物を知りたいと思っているの」
アシュトンの手はエリッタの背中を擦る。
「俺もエリッタを知りたい。拒絶はするな。万が一君がいうところの化け物みたいな見た目で、それを俺が嫌悪したりしたら、その時は俺の記憶を消せばいい。いや、殺してくれて構わないよ。命の恩人を嫌悪するなどというのは愚かなことだ。生きる価値もない」
アシュトンの体温が心地良すぎてエリッタは思わず頬を擦り寄せていた。
「せっかく救ったのに死なないで欲しいわ。天寿を全うして。それから可能であればアシュトンの力でトリオクロンの民を守って頂戴。私と共に生きることを選んでくれた人々なの。昔の記憶はないのだけれど、孤独だったことは確かみたい。一人は寂しいっていう気持ちが強くて──」
見えなくてもアシュトンが頷いたのを体で感じていた。
「そうか。昔からダダルと一緒だったわけではないということか」
もぞもぞとアシュトンの胸元から出たエリッタが下からアシュトンを見つめた。
「私、歳をとらないのよ。長老に会ったでしょう? 彼とは記憶を失う前から顔見知りだったらしいの。その時は今より少しだけ大人びていたらしいのだけど、その後、ちょっとした事件があって私は少し若返ったまま歳を取れなくなってしまったのよ」
最後に自虐的に「ね? ちょっと本当の私を知るのが怖くなるでしょう?」と付け加えた。
アシュトンはやっとここにきて、エリッタがダダルに対して恋愛感情を抱かないという本当の意味を理解した。長老の孫がダダルだということなら、エリッタはダダルの親の子供時代もダダルの生まれた時も知っているのだろう。
「ずっと若いままのエリッタなのだな」
「そう。歳を取りたいのにね。私だって結婚して家庭を持ったりしたいのよ。でも、いやでしょ? 妻がいつまでも子どものようじゃ」
不満そうなエリッタにアシュトンは微笑んだ。
「男からしたら若い美しいままの妻なんて最高だけどな。とはいえ、もちろん気持ちもわからなくないが」
目玉をくるんと回したエリッタが「私の止まったままの時をどうしたら再び動かせるのかも知りたいのよね。でも、どんなに本を漁っても見つからないし、困ったものなのよ」と、やや立腹してアシュトンから離れた。
「話をし過ぎたわ。またダダルに怒られちゃう」
クスッと笑いを漏らしたアシュトンが言う。
「小さい時を知っている男に叱られるってのは経験がないが、俺だったら複雑な気持ちになるな」
「まあ、そうね。ヨチヨチ歩きだった癖に生意気になっちゃってと思わなくもないわ。でも、ダダルは優秀だしもう立派な青年だから許すことにしているの」
エリッタの言葉に耳を傾けていたアシュトンは少し愉快な気持ちになっていた。エリッタはダダルをまるっきり相手にしていないのが伝わってくるのだ。そうなると、アシュトンにもチャンスがあるような気がしてくるのだった。
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