王城

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 ここでドアをノックされ、二人きりの時間は終わりを告げた。 「アシュトン。そろそろ食事にしよう」  ドアの向こう側からサディアスが呼び掛け「ああ、わかった」と、アシュトンが返す。  二人同時に立ち上がり、アシュトンはエリッタに手を差し伸べる。しかしエリッタは「あー、ごめんなさい。お手洗いに行きたいのだけど」と手を乗せるのを躊躇った。 「そうか。では、メイドを呼ぼう。食事をする場所もその者に連れてきて貰うといい」  手を取る代わりにエリッタの肩にキスをし「本当にそのドレス似合っているよ」と褒めてから歩き出した。僅かに茫然としたが、小さく首を振ってからエリッタも後を追加追う。アシュトンはスキンシップを好むらしい。それだけのことだと言い聞かせながらついていく。  部屋を出るとメイドを一人呼び寄せエリッタをトイレまで案内してから食事場所まで連れてくるようにと指示をし、少し離れたところで待っていたサディアスと不機嫌丸出しのダダルと合流していた。  ダダルと二人になったらお説教か黙りのどちらかだろうが、ダダルにはダダルの立場もあるのだからそこはエリッタも我慢する他ない。  メイドに連れられてトイレを済ませると、広い廊下を連れ立って歩き出した。石造りの建物に廊下にまで絨毯が敷かれていて贅沢この上ない。しかも今は火が入っていないが明かりはロウソクだ。松明ではない。 「贅沢だわ」  思わず見上げたまま呟くと、突然立ち止まったメイドに衝突しそうになった。 「ジャレッド様」  メイドは慌てた様子で腰を折る。その様子は畏怖ではなく恐怖からきているように思えてエリッタの興味を引いた。なんて言っても相手はにこやかに立っているだけなのに恐れているのだから、尋常ではない。見るからに高価な服と、笑っているのに冷たい表情。エリッタはこの顔に見覚えがある気がしていた。 「お前はもういい。私が案内しよう」  メイドの様子が気になりすぎてその人物を認識するまでやや時間を要した。 「あ、もしかして図書館にいたジャレッド?」  エリッタの反応に一番驚いたのはメイドだった。 「ジャレッド様でございます。そのような呼び方をなさるのは──」  メイドがエリッタを咎めている途中でジャレッドが片手を上げて止めた。 「もう良いと言ったのだ」  威圧的なジャレッドにエリッタは眉をひそめずには居られなかった。図書館で会った時に気がつけば良かったのだが、今の今までこの人物が王族の一人であることに微塵も気付かずにいた。アシュトンは王族だが対等に接するし、図書館で出会ったジャレッドもアシュトンに近い物腰の柔らかさだった。 「案内してくれてありがとう」  去ろうとしていたメイドに礼を述べたが、メイドは一度引いてしまった血の気を戻すことなく青白い顔のまま逃げるように去っていった。 「ジャレッド様は王族なのね」 「アシュトンに似ているはずだが、気が付かなかったのか」  エリッタはまじまじと目の前にいる男を眺めた。確かに金髪碧眼ではあるし、そう言われると顔もどことなく似ているところがあるかもしれないが、エリッタは似ていないと判定した。 「髪色と目の色は似てるわ」  ジャレッドはさも可笑しそうに笑い声をあげる。 「アハハ。それは面白い。似てないと遠回しに言っているのだな。百人居れば九十九人似ていると答えるぞ」 「そう。その残り一人だけ似ていないと答えるなら、それが私ということね」  話しているエリッタを斜に構えて観察するジャレッドの行為も、アシュトンならしないだろう。不躾過ぎる行動だ。 「アシュトンがエリッタを気に入っているようだが、今は気持ちがわかるな。言うのを忘れたが私はアシュトンの兄で皇太子のジャレッドだ」  アシュトンが自身の兄は似ていると話していたが、エリッタは辛うじて顔の造形は近いがあとはまるっきり正反対なのだと思っていた。アシュトンが、威圧的だったり不躾だったりすることは、これまで一度もなかった。 「私は……この前私の名を知ってましたよね? なぜ私の名を?」  学校に通っている人間でもなければ、皇太子が図書館関係者であるはずがない。皇太子が図書館で働いていたら騒ぎになるだろう。 「ああ、聖女伝説やらを調べている女が居ると聞いてな。同じものに興味を示す者を知りたくなったのだ」 「で、私を調べたということですか」 「嫌そうだな。嫌そうにされるほど情報はない。名前とトリオクロンに住んでいてアシュトンと最近親しいことしかわかっておらん。そこでだ。どうせなら直接話をしたいと思って今ここにいるわけだ」  言葉通りの意味でもエリッタにとって調べられる側になるのは非常に困ることだった。隠しておきたいことがあるし、さすがに自分から近づいて来られると警戒心を抱かないわけがない。 「極々平凡な人間で、たまたまトリオクロンという小さな城に居るだけで特筆すべき事柄はないと思うわ。つまらない人間でごめんなさいね」  エリッタなりの牽制だったが、ジャレッドはなぜか声を出して笑い出した。それがエリッタには不愉快だった。
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