王城

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 ジャレッドが笑い終えるまで礼儀正しく待ち、その後にもうアシュトンの元に行きたいと言うつもりだった。二人しか居ない廊下にジャレッドの笑い声が響いていた。 「やれやれ。言いたいことが山とあって何から言えばいいのかわからんな」  ジャレッドはエリッタを案内するという役割を忘れきっているのか、壁に寄りかかり腕まで組んでみせる。のんびりと悠長に構えているが、エリッタはもうみんなと合流したかった。 「私、今日はアシュトンにお招きいただいているのです。もうかなりお待たせさせていると思うので、そろそろ連れて行ってくださらない?」 「ハハハ。私の話を聞かないと後々後悔するぞ。なんせ、私の部屋には聖女に関する資料が何冊かあって、図書館のものより突っ込んだ内容が書かれているのだ──興味がないのか?」  エリッタの眉はピクリと勝手に動いたが、それを極力抑えて「興味はないわ。もう話はこれで」と嘘をついた。エリッタ自身、聖女について知りたいのではないが、伝承でよくある話の混同があり、聖女の言い伝えにも時忘れのことが書かれていることが稀にあるのだ。よって本当ならば直ぐにでもその資料を手にとってみたいのが本音だった。 「嘘が下手なのだな。まぁ、いい。交換条件にしないか? 私をトリオクロンに招待しろ。そうすれば私もエリッタを部屋へと呼んでやる。アシュトンとはそうしたのだろ?」  これまで多くの貴族と関わったことがあるわけではない。それでもジャレッドの態度は貴族特有の上位階級らしい上から目線であった。アシュトンはこのような態度を取らなくて立派だと初めの頃はいつでも感じていた。しかし、次第に慣れてしまっていた。今改めて、もう一度アシュトンの態度は立派だと思っていた。 「知っていると思いますけど、トリオクロンには人を呼ぶことは出来ないの。アシュトンたちは友達だから呼んだのよ」  できる限り穏便に断りたい気持ちより、不快感が勝って言い方に現れていた。それまで上機嫌だったジャレッドも流石に笑みを引かせた。 「なるほど。では、こうするしかない。私をトリオクロンに招待しろ。さもなくば、お前も従者も地下牢へ連れて行く」 「ちょっと! 罰せられるようなことはしてないわ! なぜ、牢に入れられなきゃならないのか説明してもらいたいわ」  鼻で笑うとジャレッドが「皇太子に歯向かうからだ。十分な理由だろ」と当然だと言わんばかりと口調だった。 「そう? じゃあ、捕らえたらいいわ。そうなるとあなたは一生トリオクロンには入れない」  ここでジャレッドは胸の奥底まで息を吸い込んで「生意気な女だ。聖女の書物を読みたいのだろう? 私はただトリオクロンに入りたいだけだ。お互い、くだらない言い合いをするより目的のために歩み寄るのがいいだろう」と譲歩した。  この譲歩が少なからずエリッタの興味をそそった。尊大な態度と反論を寄せ付けない雰囲気のジャレッドがトリオクロンに入りたいが為に譲歩したのだ。サディアスもトリオクロンに入りたがったが、貴族たちの間でトリオクロン詣でが流行っているのだろうか。 「トリオクロンって小さな村や町みたいなもので、そんなに頑張って入るところではないわよ? 楽しいものもないし」  エリッタとしてはトリオクロンは平和で長閑な素晴らしい所だと考えているが、客観的に見れば本当に何もない片田舎にすぎない。それが贅沢に慣れた貴族たちの気を引くというなら納得出来なくもないが、トリオクロンは人を招かないというのが決まりなのだ。 「それは私が自分の目で見て決めることだ。明日、トリオクロンまで赴こう。着いたら門を開けてくれ。約束を守ったなら、翌日にでも私の部屋で書物を見せてやる。この書物は門外不出で、王族しか見ることができん。どうだ? 対価としては十分過ぎるほどだろ」  聖女伝説というのは、エリッタからすれば王族たちを神格化するための御伽話に過ぎなかった。それゆえ、聖女伝説の資料が王族達の手で保管されているというのは単なる裏付けのようなものだ。 「うーん、そうね。トリオクロンに入るのはジャレッドだけよ。それから、その後また入れてくれと言われても二度目はないと思って」  貴族たちが大挙して訪れるなんてことがあってはならない。煩いジャレッドを招いて、さっさとこの件を終わりにしたかった。  少し離れた所からエリッタの名を呼ぶ声がした。サディアスの声だ。声がどんどん距離を縮めている。 「ああ、面倒なヤツが来るな……とにかく明日、トリオクロンでな」  ジャレッドが去ろうとしたところで、そのサディアスが廊下を曲がって姿を現した。 「これはこれはサディアス様。エリッタと話しおられたのですか?」  ジャレッドは相手にしたくないらしく、目をくるんと回してみせた。 「大した話はしておらん。いちいち煩い奴だ。客人を放っておくお前たちの代わりに部屋を教えてやるところだった。迎えが来たならいい」  言いたいことだけいうと背を向けたジャレッドに、サディアスが「ありがたいことでございます」と言葉を掛けたがもうジャレッドは話す気はなかった。
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