王城

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 サディアスに連れられてあずま屋へと到着した。堅苦しくないほうがエリッタの好みだと聞いて、みんなで食べ物を移動させていたらしい。 「だからなかなか戻ってこないとは思っていたんだが、迎えが遅くなってしまった」  サディアスの説明にエリッタは「来てくれてありがとう」と素直に述べた。実際、ジャレッドから解放されてホッとしたのは確かだった。  小さなテーブルに所狭しと並べられた白パンやビーフにスープ。そして可愛らしいケーキとエリッタが持ってきたパイも置いてあった。 「ジャレッドに会ったのか……何か言われたのか?」  アシュトンは自分の隣に座るように手で合図をしながら、ジャレッドの事を気にして眉根を寄せていた。 「トリオクロンに来たいらしいの。隣、ありがとう」  エリッタが礼を言うのに被せる形で既に腰を掛けていたダダルが「ダメだ」と断言した。 「皇太子だろうが誰だろうがトリオクロンにこれ以上人を招くなどもってのほかだ」  ダダルが怒るのは想定内だった。エリッタももちろん断るつもりだったが、歩いているうちに気が変わっていた。なんせサディアスに先に事情を話したら断らないほうがいいと強く助言してきたのだ。 「サディアスから聞いたのだけど、皇太子様は自分の我を通すことに慣れていて、思い通りにいかないと怒り出すらしいのよ」  サディアスに聞いた時、エリッタはきっとそういう性格なのだとわかっていたと答えていた。メイドに対する態度も、エリッタへの接し方も性格をよく表しているように感じたのだった。 「そんなの怒らせておけばいい」  ダダルの言いたいことはわかるし、エリッタもそうしたい。しかしながら、相手が皇太子という立場の権力を持つ人間であることに懸念を抱いていた。 「ダダル。俺が言うのもなんだが、兄はかなり困ったヤツなのだ。単なる我儘な貴族とは訳が違う。我が国の兵士を動かすことも出来るのだから……トリオクロンに案内するだけで済むならそれに越したことはない」  アシュトンに諭され、ダダルは舌打ちをした。その瞬間、空気がピリッとしたのは否めない。これは非常に失礼なことだが、アシュトンは怒らずサディアスへと視線を走らせただけだった。サディアスも物言いたげな口をキュッと引き結んでたえる。 「だから、二人を招くことも反対だったんだ。こんななし崩し的に人をどんどんトリオクロンに入れては先人がじっと耐え忍んで生活してきたことが無駄になってしまう!」  怒りの矛先はアシュトンとサディアスに向いていたが、エリッタがしょんぼりと言う。 「ごめんなさい。決めたのは私だわ。ただ、二人には仲良くして貰えたから嬉しくて、遊びに来てほしかったたけなのに……」  隣に座っているアシュトンがエリッタの手を握った。 「父に言い、兄を止めることも出来るかもしれない。しかし、逆に兄を煽ることにもなりかねん」 「王様にまで話がいくと大事になるわ」  ここでダダルを見つめてエリッタは「後で幾らでもお説教してくれていいから、今は怒らないで頂戴」と懇願した。ダダルはきつく瞼を閉じてから再び開いた。 「後ででは遅すぎるからこうなってるのだろ? 俺がいつも甘いから」  黙っていたサディアスが腕を組んで、宙を見上げた。 「元を正せば俺がトリオクロンに行きたいと言い出したのがまずかったんだな。俺は単なる興味から行きたいと言ったが、ジャレッドは違う可能性が高い」 「ああ。兄は聖女を探している。聖女を手に入れれば国は安泰、それは王も安泰であるということになる。きっとトリオクロンに聖女を見つけるヒントがあると思っているのだろう」  ダダルは二人の話に「ただトリオクロンに入ってみたいだけだろ。聖女なんてトリオクロンには居ないぞ」と否定した。  サディアスがダダルの発言にそれだと声を上げた。 「トリオクロンに聖女などいない。無関係だと見せれば興味を失うだろう。よってサッサと望むものを見せて追い払うのが正解だ」  嫌そうな顔はそのままに、ダダルはサディアスの意見に渋々同意した。 「特別なものなどないが、何が見たいんだ? それを見せよう」  これにはサディアスが肩を竦めた。 「俺に聞くな。側近ではないし、わからん」  アシュトンがここで口を挟んだ。 「祈りの館だろうな。どこかで祈りの館についての記述をみたのだろう。トリオクロンの中で唯一謎に満ちていた」  アシュトンの言葉を受けて全員の目がエリッタに向かう。 「え? その視線はなに? 何回も言うけど私はわからないわよ。昔の記憶はないし……」 「それならそれでいいじゃないか。俺に祈りの館を案内してくれた時のように見せてやれば兄も満足するだろう」  ここでフンと鼻を鳴らしたダダルが「近寄らないように気をつけるんだな。抱きつかれる」と言った。これはアシュトンへの嫌味のようだったが当のアシュトンもそれを肯定した。 「兄を近寄らせないでくれ。エリッタ」  ずっと重い空気だったのに、ここでサディアスが吹き出したのでやっと雰囲気が変わって食事をとることとなった。
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