祈りの館

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祈りの館

 城から戻ったエリッタとダダルは松明を持って祈りの館の中へと入っていった。日は僅かにオレンジ色を帯びだしていた。空気は張り詰めたような冷たさだ。 「うーん、この中に見たいものなんてあるかしらね」  松明を翳し天井の方まで見ようとしたが、元々薄暗い建物なので、松明を翳してもそれほど細かく見てみることはできない。いたって普通の天井、壁も石造りではあるが、特に意味がありそうな彫り物があったりするわけではない。 「石に彫ってあるのってほとんどが蔓の模様だしな」  ダダルも屋内をいつもより丹念に見て回る。幼い時から出入りしているダダルだが、祈りの館は存在ししているのが当たり前になっていてよくよく見たことがないとここに来る前に話していた。 「この像を見たら、私を聖女だと思うのかしら?」  唯一、かなり特徴的な石像に炎を向けた。ダダルも近づいて炎を掲げる。 「エリッタに似ているが、石像がエリッタに似ているだけでエリッタが聖女であるとはならないと思うが」 「その皇太子の持っている書物になんて書かれてあるのか分からないからね。聖女って国王の窮地を救う存在であり、国全体を加護のもとにおくのでしょう? 私にそんな力はないもの」  ダダルは石像の背後にも回って石像を撫でてみたりしているが結論はやはり単なる石像だといい切っていた。 「荒唐無稽の話だ。聖女なんて妖精となんら変わりない雲をつかむようなものだな。聖女の説明に時忘れのことが書かれているようなものも見たが、あれだって奇跡の間、人々は何が起こったか分からなかったことの例えに過ぎなかった」  二人で石像をみあげていたら祈りの館の重い扉が開いた。長老コリンがやはり松明を手にゆっくりとした足取りで入ってきた。 「呼んでいたと聞いたが」  ダダルはコリンの元に歩み寄ると松明を受け取り、その松明は扉の近くにある松明受けにさした。そして自分のものも、反対側の松明受けにさす。 「ええ。また人を呼ぶことになってしまったの。というか、半ば強引に来たいと言っている人物がいるのよ」  エリッタの応えに「今度は皇太子だ。どうやらこの前の二人とは違い厄介な相手らしい」とダダルが付け加えた。  大股で歩いてエリッタに近寄ったダダルが松明を受け取り、エリッタに座るように促した。エリッタは素直に長老コリンと共に長椅子に腰を掛けた。 「約束事が守れなくてごめんなさい。みんなにも悪いことをしていると思っているわ。私のためにこの地で窮屈な暮らしをしているというのに」  コリンは気にするなと落ち着いた声音で一言告げる。 「我らは喜んでこの地に住むと言ったのだ。あの日、エリッタがキジム村を救ってくれなければ、我々はほぼ全滅していたろ? 救って貰った命ならば、恩返しに命を捧げるのも苦ではない」  コリンの言葉に鋭く反応したのはダダルだった。 「救ってくれなかったら全滅? エリッタが村人全てを救ったのか?」 「ああ。遠い昔の話だが、あの年の雪解け水の量がいつもの倍以上あってな……耐えきれなくなった堰きが崩壊したんだよ。水は一気に流れ出し渓谷近くにあった村を飲み込んだのだ。その時、エリッタが時を戻し全員を救ってくれたというわけだ」  コリンが言うのを「言わない約束なのに……」とエリッタがむくれていた。 「約束とはいえ、時と場合によっちゃあ反故にせねばならんこともある。今回のこともそうだろ? 皇太子の評判はよろしくない。仕方がなかったのだろう?」  納得いかないようで、首を振ってエリッタはため息をついた。 「それはそうだけど、村を救った話はしないでいいのよ。今の私にはもうそんな力はないし……あの時みんなに救われたのは私のほうなのよ」 「俺は聞きたい」  ダダルがそう主張するから、エリッタはもうひとつため息をつかねばならなかった。 「そうなるから、話さないでって言ったのよ。私は村の時間を巻き戻して力を使い果たしたの。それでコリンが伝説にならって自らの血を飲ませてくれたのよ。指を切って血をくれたの」  コリンは頷いて「エリッタも一か八か村が救えないか試してくれたのだから、こちらもやってみようとなったんだ」と、懐かしむ。  コリンに続き、助けられたは人々が代わる代わる血を与えたお陰でエリッタは意識を取り戻したのだと話して聞かせた。 「奇跡だった。村を襲った水が逆流するのを見た時も、エリッタが目を開けて泣いた時も、奇跡だった。今でも思い出すと心が震えるよ」  エリッタは肩を竦めて「でも私は記憶を失ったし、力はわずかしか戻らなかった。おまけに成長も止まってしまったの」と、自虐的なっていた。エリッタは自分が成長しないことに大きな劣等感を抱いているのは誰もが知っているところなのだ。 「救えきれなくてもうしわけなく思うよ。こちらはたくさんの命を救ってもらったというのにな」  キュッと唇を噛み締め「攻めてるつもりはないの。まさか救ってもらえるなんて思ってなかったし……こんな私を守ってくれようと移住してくると言い出すなんて──」と、顔を下に向けた。
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