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「はぁ、赤ちゃんってほんと無条件に可愛いわ。早く週末にならないかしら。リンゴを摘んでパイをひたすら焼くの。まるで楽しくない作業なのに、持って行く先が決まると気持ちがはやるのよ」
学校へ向かいながらエリッタは頬をうっすら赤らめて早口で語った。視線は道の両サイドにある木々を見ていた。既に黃葉しだした木も見受けられる。
「それより、そろそろ馬車を検討しよう。日が沈むのが早まってきている。王都の端でここも治安はいい。だが、油断は禁物だ」
ダダルはここのところこの話ばかりだ。なかなか図書館から離れられないエリッタを催促するより馬車を使って安全に帰ったほうがいいと思っているのだ。
「歩きたい」
「雨の日は歩きたくないと言った」
「そりゃ、雨の日は歩きたくないわよ」
ここで大きくため息をついたダダルに、エリッタがちらりと視線を送る。それから肩を竦めた。
「んー。じゃあ、春になったらまた歩いて通いたいわ」
「考慮する。では決まりだな」
それまでダダルに顔を向けていたのに、エリッタはプイッと明後日の方向を見た。
「そうね……教科書が濡れるのは困るし、図書館に行っても帰るとばかり言われたら気が散るから。それより馬車を用意するお金はあるの?」
「トリオクロン内の税収で賄える。今年は大きな改修もなかったし、馬車を用意しても蓄えを増やせるだろう」
ちょっと機嫌が直ったらしく、再びダダルの方へと顔を向けた。
「それなら良かった。年々、トリオクロンの環境が良くなっていくし、蓄えも増えているなら何かあっても安心だわ」
言い終えてから「馬車かぁ」と笑みを浮かべた。内から込み上げてくるような笑みだ。ダダルはエリッタが生き物が大好きなことを知っていたので黙ってエリッタを眺めていた。エリッタの頭の中は馬と戯れることでいっぱいだろう。
トリオクロンの住民は生活に困ることはない。質素ではあるが安定した日々を送っている。税金も他の地域よりは安いので文句が出た試しがない。それでもエリッタは民を思い、出費を抑えようとする傾向にあった。
「箱馬車を注文することにしてある」
ダダルがそれとなく言うとエリッタの背筋がピンと伸びた。
「それは贅沢でしょ! 幌馬車でいいじゃない」
貴族たちはベルベット張りの椅子を備えた豪華な箱馬車に乗っている。それなのに、エリッタは荷物を運ぶ幌馬車でいいというのだ。
「長老と決めたことだ。エリッタはトリオクロンの代表なのだから見栄えのする馬車に乗ってほしいとのこと。いつまでも貧乏な要塞城だと思われるのも癪だしな」
「代表にしないでよ。それに外からどう思われようと良いじゃない」
「そうはいかない。品物を売買する時に不利益が生じるからな」
はぁとあからさまなため息をついたエリッタが「馬車一つでそんなに変わりるものかしら」と疑問を呈するが、そこはダダルがしっかりと答える。
「変わる。エリッタがマトリク王国学校に通うようになって一年。近隣の村々との商いはかなり上手を取れるようになったとか。トリオクロンからも貴族が通う学校に行く者が居ると知れて一目置かれるようになったんだ」
そんなものかしらと首を傾げるエリッタだったが、商いに関しては興味がないので言及はしなかった。
その代わり自分が身につけている制服を見下ろして、丁寧にホコリを払う。上質な生地を楽しむように指が蠢いていた。
「学校はいいけどね。素晴らしいわ。ダダルもそう思うでしょう?」
「学べるのはいい」
フフと笑うとダダルの前に躍り出て後ろ歩きでダダルに話しかける。
「この前も剣術の授業で模範演技をしたんでしょう? ダダルを誇りに思うわ。小さなダダルが立派な青年になって本当に嬉しい!」
ダダルの表情が曇り、周りを見回した。幸い誰も歩いていなかったのでダダルは眉間に皺を寄せるだけで済んだ。
「発言に気をつけないとダメだ」
小声で注意するがエリッタはクルンと向きを変えて軽くステップを踏んだ。
「気にしすぎ。私も見たかったな。男女でやることが違うなんておかしいわよね。女が剣を振るっちゃいけないなんて変よ」
「令嬢たちからは賛同されないだろうな」
エリッタはピョンと飛んで木の枝を取ろうと試みた。残念ながら身長が足らなくて枝には届かなかった。
「皆、やるべき。体を動かすのって気持ちがいいのに」
エリッタは振り返り枝を取ってほしいと言うが、ダダルはダメだと横を通り過ぎていく。
「ケチ。ねぇ、王子とも剣を交えるの?」
学校には王族も学びに来ていて、今は第二王子アシュトンが学校に通っている。女子は王子アシュトンに夢中で、誰もがアシュトンの話をしたがっていた。
「いや、何かあっても困るしな。アシュトンの相手はいつも従者のサディアスのみだ」
そこでダダルが「エリッタもアシュトンが気になるのか」と切り替えしてきた。ずっと上がっていた口角が下がったが、それを無理矢理上げエリッタはいつものエリッタらしい笑顔で答える。
「そりゃ、皆があれだけ噂をしていればね! 実際ステキだもの。あ、学校が見えてきたわね」
そそくさと逃げ出したエリッタにダダルは無言でついていった。
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