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トリオクロンか。と、アシュトンが呟く。少し考えて「また、君たちと話したい。構わないか?」と尋ねた。
「もちろんよ、アシュトン。それにサディアスも! 一応剣術の件は、ダダルを説得してみるわ」
これにはサディアスがダダルの渋い表情を見て「それは難しそうだね。エリッタの後ろで何か苦い物を食べたみたいな顔をした人がいるし」と、おかしそうだった。
「ダダルは頑固だからね。説得はするわ。ただ、答えは期待しないで」
アシュトンもサディアスも口々にそうすると答えて二人の元を離れていく。エリッタはダダルと目を合わせないように本に向かうといつものように調べ物に性を出し始めた。ダダルは首を一つ振って、教科書を広げて勉強を始めた。
図書館を出たところでサディアスが横を歩くアシュトンに話しかける。二人の背格好はかなり近いが、よくよく見比べれば僅かにアシュトンの方が背が高い。
「お近づきにはなれたんじゃないか? 麗しのエリッタと」
アシュトンは歩みを止めることなく「ダダルと剣を交わえたかっただけだ」と、言い切った。
「じゃあ、副産物が素晴らしかったということだな。兎を狩りに行ったら鹿が捕れたって感じに。最高だな!」
「確かにエリッタは噂通り美しいし、話せば子どもみたいに無邪気だった」
アシュトンが認めるとサディアスが「ただ爵位がないのは残念だな」と呟いた。
「まぁな。誰だ、爵位なんて作った輩は」
「アシュトン。それはお前の先祖だろ」
どうだか。と、アシュトンは流す。
艷やかな金髪の二人が髪を靡かせ学校内の中庭を歩いていく。髪の色だけではなく、二人は見映えも良いことからいつも羨望の眼差しで見られていた。
「トリオクロンは要塞城らしいが、エリッタが代表なのはどういうことなのか」
アシュトンの言葉に耳を傾けながら、サディアスは影のようについてくる人物に合図を送った。王子を守る為に配置された数人に帰城する旨を知らせたのだ。
「美しさで決めたんじゃないか? ダダルもなかなかいい男だが、エリッタに比べたらな」
サディアスの冗談にアシュトンは呆れ顔だった。
「なんだよ、冗談だろ。そんな顔するな。トリオクロンは要塞城だが、中は質素な村のようになってるらしい。爵位がないのも頷ける」
「うちの国にあっても治外法権地区らしいじゃないか。領主が居る地域は多いが、国の法の下にいるのが普通だろ。トリオクロンだけなんて、なぜなんだ」
サディアスは門の前に到着した王子専用の馬車を目視で確認しながら口を開く。
「それもアシュトンの先祖が決めたことだろ。気になるなら明日から図書館に通ったらいい。どこかに資料があるかもしれないからな。ご先祖様に関する色々がさ」
馬車の元にたどり着くと御者が二人のために箱馬車の戸を開けた。サディアスから中に乗り込み、室内を確認してからアシュトンを招いた。
「言いたいこと、わかるか?」
乗り込んできたアシュトンに短い言葉を投げかけるサディアス。アシュトンは怪訝そうな顔をして「何が?」と問い返す。
「気になるなら図書館に通うんだよ。俺は壮大な前振りをしてやったんだぞ? 図書館に通うための」
「図書館……ああ、エリッタか。なぜ、エリッタと引き合わせたがる」
アシュトンの疑問にサディアスは片眉をクイッと上げて肩を竦めた。
「そりゃ、前から我が主殿が目で追ってるからさ。もし、その主殿にその気がないなら俺がエリッタと仲良くなるのもいいしな。エリッタは話すと可愛いし、俺は好きだ」
目で追ってなどいないとアシュトンがいい、目で追ってるさとサディアスが断言する。
「可愛いのは認めるが……目で追ってなどいない。凄く目を引く子であることは確かだが、美しさだけで言えばもっと上がいる訳だし──」
「それは同意するけどね。あの不思議な魅力はなんなんだろうな。他の奴らも吸い寄せられるように見ているように思うんだが……ああ、アシュトンだけは見てないんだった」
動き出した馬車に揺られながらアシュトンは「お前は自由でいいよ。こっちは勝手に決められた許嫁をどうやって反故にしようか悩んでいると言うのに」とボヤいた。
サディアスは「ああ……許嫁ね。どの親から生まれるかなんて本人には選択できないが、どの人と結婚するかは自分で選びたいものだな」と訳知り顔で応えた。
「今度会わなければならん。メリンダ・ブレイクと」
二人からするとアシュトンの許嫁メリンダは若過ぎる。年齢は二つしか違わないが、見た目も言動も子どもっぽくてかなわないのだ。特に鼻にかけた甘ったるい声は聞いていると生気を吸い取られているのではないかと震えてくるレベルだった。
「前回からまだひと月も経ってないじゃないか」
「あちらの親御さんがどうしても娘に会いに来てほしいとさ。断ろうとしているのを感じだったのだろうな。なんとかいいところを見せようと必死だ」
身震いしてみせるサディアスに「お前はいいよ。そうやって楽しんでいればいいんだから。俺はこのままでは本当に結婚させられそうで頭が痛いというのに」とアシュトンはため息で締めくくる。
悪かったと素直に詫びるサディアスにアシュトンはただ外を見つめていたのだった。
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