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雨が降った翌日から数日間秋らしい澄み渡った日が続いていた。そんなある日、ダダルは教員から依頼されて下級生のクラスで剣術の模範演技をすることになった。
「見に行く!」
興奮するエリッタの横でダダルは制服の上衣をバサッと脱いだ。中にはリネンのカッターシャツとズボンを履いているので、それで剣術の授業をする。
「エリッタは裁縫の時間だろ」
「さっき頭痛がすると言ってきたわ」
脱いだ服を畳みながらダダルが横目で睨んだ。
「あの、実際、縫い目をみていると、頭痛が、ね」
しどろもどろのエリッタに「単位を貰えなくなる」とダダルは授業が行われる中庭に向かって歩み出した。
「上手くはないけど最低限のことはできるから大丈夫! それよりいい天気だし外に居たいじゃない」
エリッタは青空に向けて大きく伸びをした。空の下だと光り輝いたようになることにエリッタは気が付かない。元々、どんなに人混みの中に紛れていても発光してるかのように目を引くのだ。
「堂々とサボって中庭に居るつもりか?」
「柱に隠れておくわよ。さすがにそこまでバカではないもの」
それはエリッタが自身の存在感に気がついてないから言えることであって、エリッタのことは直ぐに皆、気がつくことになるだろう。
ダダルは中庭に出る直前に一本の柱を指差して行ってしまった。エリッタは追い返されずにダダルを見ていられることに気を良くして、素直に柱の陰に隠れに行った。
下級生クラスのメンバーは既に中庭に集合していて、ざわついていた。
「あれ、エリッタ・ニューマンじゃないか?」
「どこだよ」
「ホントだ。なぜここに」
下級生の口からはエリッタのことで持ちきりだ。
「だって従者のダダルがそこに居るからだろ」
コソコソ話してダダルには聞こえてないつもりかもしれないが、全て筒抜けだった。
「ああ、あの手足の長い浅黒い人か。トリオクロンの人は肌の色が我々とは違う」
「トリオクロンってなんだよ」
ここにいる生徒の大多数が貴族なので、トリオクロンを知らないことは不思議でもなんでもない。街から離れれば彼らにとって既に異国も同然なのだ。
「さぁ、授業を始めるぞ」
教師が声を掛けるとざわついていた波がスッと引いていった。
柱から様子を窺っていたエリッタには下級生たちの声は届いていなかった。
「皆、チラチラとダダルを見ている」
誰ともなく感想を漏らすと、思いがけず背後から声がした。
「彼は優秀だからな」
瞬時に振り返ったエリッタにアシュトンがにこやかに挨拶をする。
「やぁ、エリッタ。見学の人数が増えてもいいかい?」
アシュトンの隣に立つサディアスも片手を上げて挨拶をした。
「元気だった? それにしても下級生たちが羨ましいよ。ダダルは学校に入ってから剣術を学んだと聞いたけど、幼い時からやっている我らと互角かそれ以上だろ? 習得の速さは目を見張るものがある。その秘訣を知りたくてね」
ダダルが褒められることはエリッタにとってくすぐったいような事柄なので、自然と体の奥底から喜びが込み上げ頬や口角を押し上げる。
「ダダルは小さい時から身体能力が高かったの。木登りをさせてもかけっこをさせても、同年代の子でダダルに敵う子はいなかったのよ」
クシャッと表情を変えたサディアスが「まるで見てきたみたいに言うんだな」と笑う。
「ずっと近くで見てきたもの。私が学校に通うとなった時、ダダルが従者に選ばれたのだけど──」
ここでエリッタはクスクスと思い出し笑いをし、コソコソと二人に囁いた。
「ダダル以外の皆は異議を唱えなかったのに、ダダルだけ嫌がったのよ。でも決まってしまったの。私がダダルしか居ないって言ったから。あの時の嫌そうな顔ってばなかったわ。思い出すたびおかしくて」
アシュトンは笑いに釣られるように口の端を上げながら「なぜダダルは嫌がったのだろう」と疑問を口にした。
「それは簡単よ。私は昔から大のダダル贔屓だったの。それをダダルは嫌がっていて──あはは」
サディアスは柱に寄りかかりながら「エリッタから贔屓にされたら最高じゃないか」と、目を見開いてみせた。
「んー、私がお喋りだから嫌みたい。それを知ってて喋り倒す私をダダルは苦手に思っているの。普段無表情のダダルが嫌そうな顔をするのが楽しいのよ」
ね。と、笑いながら同意を求めるエリッタにアシュトンとサディアスは互いに笑みを交わして「なるほどね」というようなことを口々に語った。
「でも、俺は君の話し方もころころ笑う感じも好きだけどね」
最後にそう締めくくったアシュトンに「それはまだ私が本領発揮してないからだわ」と答えて、体の向きをかえてダダルの姿を見つめた。
背後でサディアスが意味ありげな笑みをアシュトンに送り、アシュトンが睨み返しているなんてエリッタは気が付かない。
「始まるわね。あれは練習用の剣? 木製だとちょっぴり間が抜けている感じ」
興奮して声が大きくなっていたエリッタにサディアスが「声が大きいとサボっているのがバレるよ」と囁いた。
「あっと。そうね、気をつけなきゃ」
口を押さえたので声は小さくなったエリッタだったが、身を乗り出してみているので、どのみち見つかるのは時間の問題のようだった。
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