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医務室に向かっていたが、ダダルがもっと手前にある空き部屋へ、唐突に方向転換しエリッタを引っ張り入っていく。生徒の居ない教室は静寂が満たしていた。
「少しでも早いほうがいい」
誰も居ないことを確認すると、傷口をエリッタに見せた。鋭利な刃物傷とは違うジグザグに近い一本線。これは誤って枝やなんかでつけた傷に似ていた。スパッと刃物で切ったものより治りが遅いことが多い傷だった。
「いつもなら止めるのに」
エリッタは言いながら傷口を見下ろした。開いた傷口が時間を遡るように端から閉じられて行く様を二人で見つめ、傷が閉じるとダダルが顔を上げた。
「吸え! 早く!」
クシャッと泣きそうな顔をしたエリッタは、ダダルに抱きついた。背伸びをし腕を首に回すと首元に顔を埋めた。
エリッタとダダルを追いかけていたアシュトンとサディアスだったが、二人が医務室の手前で曲がったのを見ていた。
「え? あの二人、医務室へ行かないのか?」
サディアスは素直に驚きを口に出したが、アシュトンは黙ったまま足早に二人の方へと向かっていた。そして、開かれたドアから二人が抱き合っているのを目撃することとなった。どちらかというとエリッタのほうがダダルに抱きついていて、ダダルはエリッタを支えているに過ぎない。
「うわ。そうきたか……あの二人出来ているのか」
一歩遅れて覗き込んだサディアスが抱き合う二人をみて率直に思ったままを口にする。しかもエリッタの垣間見える横顔が先程までとは別人のように艶っぽくて目を見張った。肌も髪も水を得たように光を反射し、ありもしない甘い匂いが漂ってきそうだった。
「え? あれはエリッタだよな。さっきまでとは違う人間みたいだ。まるで熟れた果実のようだ」
少し前は無邪気な少女のようだった。それなのに、今のエリッタは妖艶ですらある。
「我々の出番はないようだ──行くぞ」
そう踵を返すアシュトンに「どういう意味だよ。いや、どっちの意味だ?」と、後を追いかける。
「医者などいらんだろ。とにかくあの場に押しかけるのは野暮だということだ」
「ああ、そういうことか。明日あたり様子を聞きに行くか。しかし、初めて吐き気がするほど嫉妬したな……俺は正直エリッタが欲しいと──」
前を行くアシュトンが突然足を止めたので、サディアスは話しながら体当たりしそうになった。
「おい、なんだよ。止まるなよ」
「お前など、舌を噛んでしまえ」
「は? なんだよ」
アシュトンらしくない言動にサディアスが不満な顔をすると、アシュトンはチラリと横目でサディアスを睨んだ。
「好き勝手思いのままに発言するのが腹立たしいだけだ」
サディアスは不満顔から一転、ああとわけを理解して表情を和らげた。
「わかった。なるほど。アシュトンの心の内を俺がそのまんま言ってしまったからか。王子というのは楽じゃないな。言いたいことも言えなくて」
「勝手に解釈するな」
再び歩き始めたアシュトンの歩幅は大きかった。
「エリッタがダダルと抱き合っててムカついたなんて王子の口からは言えないもんな」
サディアスが幾ら話してもアシュトンは暫く一言も話さなかった。
一方、見られたことに気がついてないダダルとエリッタは密着させていた体をそっと離した。ダダルは離れていくエリッタを見つめ、それから自分のシャツが血まみれであることに目を留めた。
「ああ、試合をして──」
「ええ。切られたのよ」
答えたエリッタの顔を覗き込んだダダルが「もう少し血を飲め」と、自らの肩を差し出す。
「もう十分だから要らないわ。あの、ダダルが時を戻してもいいって言ったのよ……覚えてないでしょうけど」
気まずそうに上目遣いで言い訳するエリッタに、ダダルは一瞥をくれてからシャツを振った。しっとりとした血液は振ったくらいでは乾かない。
「それはどうせエリッタが傷を治すと言い出すからだろ。なんにせよ、トリオクロンに戻るか。こんなシャツを着ていたら目立つし、着替えたい」
そこで動きを止めると、シュンとしたまま黙っているエリッタに顔を向けた。
「軽い傷くらいで力を使うのはダメだと何度言ったらわかるんだ」
「わかっているわ、ダダル。でも、今回の傷は大きくて出血も多かったし、その……」
「とっさにはやらなかったんだろ? 皆の前でやってないだろ?」
「ええ、それはもちろん。ここに来てからよ」
怪我をしていた方の手を開いたり閉じたりしてから、ダダルは左手でエリッタの手を掴んだ。
「エリッタに何かあったら、俺は自分を許せなくなる。君を任せてくれているトリオクロンの皆にも顔向けが出来ない」
これは常々ダダルが口を酸っぱくしてエリッタに説いていることだった。いつもなら言い返したりするところだが、今ばかりはエリッタも素直に頷いた。
「力の使い過ぎには気をつけてくれ。でも──ありがとう。叱ってすまない」
「うん」
帰ろうと促すダダルにエリッタはついていく。
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