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あれから、陽菜とカフェへ行ったことはない。
けれど、今日、陽菜が久しぶりに帰ってくるというから、僕は、陽菜が嫌でなければ、一緒にコーヒーを飲みに行きたいと思っている。
僕なんて邪魔かもしれないけれど、コーヒーのお供くらいにはなれるだろう。コーヒーの香りを邪魔することなく、そこにいることくらいできるだろう。
「ただいま」
玄関から、陽菜の弾む声がした。
興奮をひた隠しながら玄関へ向かうと、初めて会う男が扉をおさえていた。
お互いに、ぎこちなく微笑みながら、ぺこりと頭を下げる。
その様を、陽菜は笑いをこらえながら見ていた。
愛おしいような、憎たらしいような笑顔から、陽菜の手へと視線をうつすと、そこにアイスコーヒーがふたつあるのに気づいた。
「おみやげ」
ぐい、と差し出されたカップを受け取る。
一緒にカフェへ行く、というささやかな夢は儚く散ったか、と残念に思いながらも、冷たいプレゼントに喜びを隠せず、照れ笑う。
陽菜が連れて帰ってきてくれた、あたたかい記憶をそっと抱きしめながら僕は、
「ありがとう。おかえり」
と、呟いた。
〈了〉
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