落果

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       ◇  彼は長い話を、ひとくさり終えたようだった。レモネードをずず、と細いストローで啜り、うん、うまい、と小さく呟く。スプーンで上に乗ったバニラアイスを掬い、そのついでだろうか、ごく自然な動作で、櫛切りにされたレモンを抓む。――皮ごとそれを咀しゃくして飲み下し、「近頃の柑橘は、農薬が少なくなるよう、少しは努力をはじめたみたいだね」と満足そうに、言った。  おれはしばらく考えて、ひとつ、彼に質問をしてみることにした。 「……今日は、スイーツバイキングに来たけどさ。ケーキとかは、あんまり食べていないね。例えば、そう、――チョコレートクリームのケーキとか」  彼はいたずらっぽく目を細めて、言った。 「――フルーツが好きなんだ。こういう所に来てはみたけど、駄目だね。色とりどりの品々の中で、フルーツものしか、てんで食べる気がしない」  おかわりを取ってこようかな、何が良い、と訊かれる。食欲は意外にも、まだ腹の底の方に残っていた。とりあえず、タルト系を一つ、二つ位、と注文する。彼は了解、と目を細め、ショーケースの方へと足早に歩き去っていく。悪いひとには見えない。意地わるなひとにも、とその後ろ姿を眺めながら、何とはなしにそう思う。  少し経って、お盆を手に彼が戻ってきた。盆の上には、イチゴ、それにブルーベリーのタルトがひとつずつ。 「この二つは、特に好きなんだ。人生の意味って感じがして、とっても素敵じゃないか」  皿を、それぞれ自分の前と、おれの前に置く。ことっ、と、陶器の触れる音。  フォークを手に取り、しあわせそうな顔をして、それを器用に動かし始める。上に乗った大粒のブルーベリーだけを、皿の端に丁寧に除けている。 「……好きなものは、最後に食べる派なんだね。〘サイカ〙さんは」 「うん」  微笑み、タルトの生地の方にとりかかる。 「〘八切り〙さんは? どっち派?」  おれは少し考えた。 「真ん中」 「まんなか? よく分からないね。途中ってこと?」 「いや……」言い方を誤った、と思い、言い直す。 「量が多少あったら、最初にそれをひと口食べて、最後に、残りをのこしておくんだ」 「ふうん……」彼は考える素振りとともに、おれの食べていた皿を見やった。 「いつも、生地から食べているね」 「ああ。……生クリームとスポンジが、ここは特においしいそうだから」 「評判らしいものね」彼は真面目な顔をつくって、そう言った。「俺も、そうして食べるべきだったかな」ブルーベリーを全て皿の端に除け終え、彼は生地を片付けにかかった。 「確かに、おいしいね」フォークで大きめに切り分け、一口、また一口、と手早く、カッティングされたそれを平らげていく。  思わずこちらの手が止まるほど、それは綺麗な所作だった。どこで覚えてきたんだろうか、と、失礼とは心得つつも、不思議に感じてしまう位に。 「……」  時計を見る。スイーツバイキングの制限時間が、もうすぐそこに迫ってきていた。二時間。ずいぶんと長く話していたものだ、とおれは思った。  ――あの話。  急に、ついさっきまで彼がしていた話が、頭をよぎる。大事な話、と言っていた。その意味を未だ、はっきりとは理解できずにいる。  おれは考えた。核心に迫る訊き方。はて。
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