第10話 届け、感謝の気持ち

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第10話 届け、感謝の気持ち

彼に直接「ありがとう」と伝える作戦は、あの日の電車で大失敗に終わった。おじさんに話しかけてしまったあの恥ずかしい瞬間は、今思い返しても顔が熱くなる。あんな失敗をもう二度と繰り返したくない、でも、彼にちゃんとお礼は言いたい……そんな気持ちが私の中に渦巻いていた。 「どうしようかな……直接は無理だし……」 そんな時にふと思いついたのが、SNSだ。最近、色んな人が電車の中で起こった出来事をSNSに投稿して、それが話題になっているのを目にすることがあった。電車で見かけた親切な人への感謝のメッセージとか、何気ない日常の小さな奇跡が拡散されていくのを見て、「ああ、これだ」とひらめいた。 「彼もSNSを見てるかもしれないし、これなら顔を合わせなくても感謝を伝えられるかも!」 そう思った私は、すぐにスマホを取り出し、手が震えるのを抑えながら投稿を打ち始めた。 「【感謝を伝えたい】 先日の電車で、私の不注意からスマホを落としてしまいました。その瞬間、恥ずかしさと焦りで頭が真っ白になり、立ち上がることすらできずにいました。そんな私に、そっと手を差し伸べてスマホを拾ってくれた方がいました。お礼を言う余裕もなく、そのまま何も伝えられなかったことが今でも心に残っています。 この投稿を見ているかは分かりませんが、あなたの優しさにとても感謝しています。人混みの中でふと感じたあの温かさは、ずっと忘れません。あなたがいたから、その日はただの転倒ではなく、心が救われた日になりました。本当に、ありがとうございました。 いつも同じ電車でお会いしている名前も知らないあなたへ。どうかこの気持ちが届きますように。」 投稿ボタンを押した瞬間、少し緊張したけど、同時に心が軽くなった。「これで、もしかしたら彼に届くかも」と少しだけ期待を膨らませながら、私はスマホをポケットにしまった。そして、「さあ、今日は気にせずに過ごそう」と自分に言い聞かせ、学校へ向かった。 だが、そんな私の淡い期待は、想像以上の事態を引き起こすことになるとは、この時点では全く予想していなかった。 ++++++++++ 次の日の朝、いつものように学校へ行くと、教室に入った瞬間、みんなが私を見て笑っている。 「凜、なんかすごいことになってるね!」 真由がニヤニヤしながらスマホを見せてくる。そこには、私が昨日投稿したSNSのスクリーンショットが表示されていた。いいね!の数は軽く万超え、コメントが次々と寄せられている。私は目を疑った。 「え、何これ……?」 「めっちゃバズってるよ! すごいじゃん、凜!」 クラスメイトたちが次々と話しかけてくる。どうやら、私の投稿は予想以上に多くの人に拡散されていたらしい。しかも、ただの拡散じゃない。何人もの「自分がその彼です」と名乗るDMが私のもとに届いていたのだ。 「凜、見てこれ。『昨日スマホを拾ったのは僕です。毎日電車で君を見かけてます』とか、『もしかして俺のこと?』って、めっちゃ来てるよ!」 真由が楽しそうに私のスマホをいじりながら、DMの数を見せてくる。そこには見知らぬ男たちからのメッセージが山のように届いていた。 「え、待って! どういうこと……」 私はスマホを取り返し、次々とDMを確認するが、そのどれもが「自分がその彼だ」と言い張る内容だった。もちろんDMでは彼の顔なんてわからないわけだから、どれが本物かも分からない。それにしても、こんなにたくさんの人が「自分が彼だ」と名乗るとは思わなかった。 「ちょっと待ってよ、こんなつもりじゃなかったのに……」 私は頭を抱え、教室の隅に座り込んだ。嬉しいような、恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちがこみ上げてくる。せっかく彼に感謝を伝えたかったのに、これじゃまるで逆効果だ。 「凜、これ本当に凄いよね。こんなに拡散されるなんて!」 クラスメイトの一人が笑いながら話しかけてくる。どうやら、みんな私の投稿を見て楽しんでいるらしい。全く知らない男の人たちから次々と届くDMに、クラスメイトたちは大爆笑していた。 「もしかして、ほんとに誰かがその彼かもよ? 会ってみれば?」 「やめてよ! そんなの、怖いじゃん!」 私は慌てて反論するけれど、クラスメイトたちは全然聞いてくれない。みんな私の混乱を面白がっているのが分かる。 「でも、凜が話題の中心になるなんて珍しいね。やるじゃん!」 真由も笑いながら私をからかってくるけれど、内心では「ちょっとやりすぎたかな……」と反省し始めていた。私はただ、彼にありがとうを伝えたかっただけなのに、こんなに大事になるとは思わなかった。 ++++++++++ その日の放課後、家に帰ってからも、私はスマホを握りしめてDMを確認していた。彼からの返事があるかもしれないという期待は捨てきれず、どれも確認せずにはいられない。 でも、どのメッセージを見ても「これだ!」という確信は持てない。もし本当に彼が見てくれているなら、きっとわざわざ名乗らなくても、何かしらのヒントをくれるはずだ。そんな淡い期待を抱きつつ、私は次々とメッセージを既読にしていく。 「はぁ……やっぱり直接言うしかないのかな……」 結局、私は一番簡単で確実な方法を選ぶしかないのかもしれない。次に彼に会ったら、今度こそ直接「ありがとう」を言う。それが一番確実で、誤解もないはずだ。 でも、その一歩がどうしても踏み出せない。今度こそ成功させたい、そう思うほど、緊張が募ってしまう。私はスマホを置き、ベッドに転がり込んだ。 「次こそは、頑張らなきゃ……」 そう自分に言い聞かせた。次こそは、きっと彼に感謝の気持ちを伝えられるはずだ。
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