第5話 文学系女子

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第5話 文学系女子

次の日の朝、私は駅のホームに立ち、彼を見つけた。今日は絶対に成功させる――そう誓いながら、手にはオシャレな表紙の本を握りしめている。電車はまだ到着していないけれど、心の中で彼の姿を想像し、オシャレに本を読んで注意を引こうと決意する。座れるチャンスがあれば、完璧に決めるつもりだ。吊り革に掴まりながらは上手く読める気がしない。だから今日は何が何でも座りたい。 電車がホームに到着し、ドアが開くと、私は意気揚々と乗り込んだ。奇跡的に、彼の斜め前の席が空いている。ラッキー! これはもう、絶対に目を引くに違いない。私は席に座り、落ち着いた様子を装いながら、そっと本を開いた。 が、早速問題が発生。ページを開こうとした途端、電車が少し揺れて、手元がふらついた。 「あれ?」 すぐにページが戻らない。私は必死にページをめくろうとするが、電車がまた揺れ、指先が狂ってしまう。おかしい、こんなに本ってめくりにくかったっけ?さらにページが引っかかり、一度に20ページほど飛んでしまう。 「え、ちょっと待って……!」 慌てて戻そうとすると、今度は逆方向にぐしゃっとページが折れ曲がってしまう。なんとか元に戻そうとするが、電車の揺れが手元をさらに狂わせ、ページが完全にめちゃくちゃになってしまう。後ろで立っていた人が私のドタバタに気づいて、微かに笑い声を漏らすのが聞こえた。 「うぅ……」 ページを戻そうとしても、手は震え、本はぐちゃぐちゃ。彼の前で、こんなドジな姿を見せるなんて最悪だ。私は顔を赤くして、何事もなかったかのように本を閉じた。少なくとも、これ以上の失敗は避けたかった。でも、本を閉じた瞬間、電車がガタガタと揺れ、今度は本が手からすべり落ちた。 「えっ!」 本は彼の足元へと飛び出し、彼が一瞬こちらを見たような気がした。顔が真っ赤になり、私は何も言えずに固まってしまった。彼は、何も言わずにスマホを見続けている。私の方には一瞥もくれないまま、まるで何もなかったかのように。 「はぁ……」 大きくため息をついた。作戦は完全に失敗。オシャレ本を読んで彼の注意を引こうとしたけど、気づかれたどころか、自分がただドジなだけだった。 ++++++++++ ――そして、地獄は学校でも続いた。 「ねえ、凜! 今日の電車でさ、本読めなくてアワアワして挙げ句の果てに盛大に落としてたよね?あれ、めっちゃウケたんだけど!」 クラスメイトたちは、すでにその光景を目撃していたらしく、私が本を落とした一部始終を楽しそうに語ってくる。毎度のことだが、私が一人で慌てふためいている姿は、すでに笑いのネタになっていたらしい。 「え……見られてたの?」 私は顔を押さえ、机に突っ伏した。まさか、今回のことでもまた学校でこんな話題にされるとは思っていなかった。クラスの数人が私の周りを囲み、「あれ、何の本読んでたの?」と笑いをこらえながら尋ねてくる。 「何も……別に……」 あのオシャレな本がこんな形で話題になるなんて、全然想像していなかった。しかも、その本の内容なんて、ページをまともに読めなかったから、一文字も覚えていない。どうせ、彼も気づいてないだろうし。 「あー、もう恥ずかしい……」 頭を抱えて、机に顔を埋めた。今後、あの電車に乗るのがちょっと怖い。 ++++++++++ 昼食の時間、私は親友の真由に愚痴をこぼしていた。真由は、私のドジな話を聞きながら、呆れたように微笑んでいる。 「だからさ、あんたの作戦って、いつもそうやって失敗するじゃん。でも、そこが凜らしくていいじゃん」 「いいじゃんじゃないよ! 真由、もう私、どうしたらいいか分かんないよ」 お弁当を食べながら、私はしょんぼりと話す。真由は、私の悩みを楽しむかのようにクスクスと笑う。 「でもさ、あんた本気で彼に気づいてほしいんでしょ? だったら、もっと素直に話しかけたらどう?」 「それができれば、こんな苦労はしてないよ……」 私はため息をつきながら、お弁当の卵焼きを口に運ぶ。真由は肩をすくめながら言う。 「ま、あんたらしいやり方で頑張ればいいんじゃない? そのうち、彼も気づくよ。というか、気づいてるんじゃない? こんなにいろいろやってるんだから」 「え……そうかな?」 「さあね。でも、気づいてたとしても、あんたのこと変な子だと思ってるかもね」 「やめてよ、それは嫌だ!」 真由にからかわれながらも、少しだけ気持ちが軽くなった気がする。そう、私は私らしく、彼に近づくために頑張るしかない。
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