第7話 自己評価だけは高い奴

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第7話 自己評価だけは高い奴

「これなら今日は絶対に成功する!」 朝、私は鏡の前で満足そうに笑みを浮かべた。今日の作戦は、いつもとはちょっと違う。昨日、駅前のオシャレな雑貨店で見つけた、目を引くデザインの通学バッグ。それは鮮やかなパステルカラーに、細かいイラストが散りばめられた、他に類を見ない一品だった。 「よし、これなら絶対に彼の目に留まるはず!」 自分に言い聞かせ、バッグを肩にかけて玄関を飛び出した。 いつもは地味で目立たないデザインのカバンしか使っていなかったから、今日のこれは本当に一大チャレンジだ。彼は、きっと私に興味を持ってくれるに違いない。何といっても、普通の高校生が持つにはちょっと奇抜なデザイン。視線を引きつけるのは間違いないし、もしかしたら彼が声をかけてくるかも…! ホームに着くと、私は彼を探してキョロキョロしながら電車に乗り込んだ。いつも通り彼は、車両の端っこに座っていた。私は彼のすぐ近くに立ち、わざとカバンを少し揺らしてみる。周囲の視線が私に集まっているのを感じる…成功だ! 彼もきっと、私のバッグに気づいているに違いない。 ちらりと彼の方を見る。が、彼はスマホに夢中で全く気づいていない様子だった。 「ま、まぁ…少しは時間がかかるかもしれないよね…」 と、内心自分を励ましながら、私はバッグを前に持ち直してみる。それでも周囲の視線がちらちらと私に向けられている。これだ、ついに作戦成功かもしれない!やっぱり、この派手なバッグが正解だったんだ!彼も時間の問題で気づくだろう。 電車が目的地に近づくにつれ、私はなんだか勝利を確信し始めていた。降りる駅が近づくと、バッグをもう一度肩にしっかりとかけ直し、颯爽と車内を後にした。 ++++++++++ 学校に着き浮かれ気分で席に座っていると、 「凜、そのカバン、どうしたの?」 真由が私を見るなり、口元に手を当てて笑いをこらえている。 「え、これ?可愛くない?」 私は自信満々にバッグを見せびらかした。これでまた、彼の話をするきっかけができるかもしれない、と少し期待を込めて真由に説明し始めた。昨日、たまたまオシャレな雑貨屋で見つけたこと、このバッグで目立てると思ったこと、そしてついでに、彼も見てくれるかも…ということを。 だが、真由の反応は想像していたものとは全然違った。 「いやいや、凜…。そのバッグ、ちょっとヤバくない?趣味悪くない?」 「え?」 真由の言葉に、思わず反射的にバッグを見下ろす。目立つデザイン、鮮やかなパステルカラー、そして細かいイラスト…。確かにちょっと派手かもしれないけど、別にそんなに変じゃないはず。だって、雑貨店でも売れてそうな商品だったし…。 「いや、悪いけどさ、凜らしくないっていうか…なんて言えばいいんだろ。あ、アリだよ?アリだけど…他の人の目線、気にならない?」 「他の人の目線…?」 真由がさらに突っ込んできたことで、今朝の電車の中で感じていた「周囲の視線」が急に蘇ってきた。そうだ、あの視線は何だったんだろう?彼の目には全く留まっていなかったのに、他の乗客たちは何かを感じていたのか…。 「いや、待って、凜。もしかして、そのカバンで彼の目を引こうとしたの?」 真由が声を低くして私に問いかける。私は思わずうなずいてしまった。 「…凜、それは…ちょっと…」 真由は笑いをこらえきれず、肩を震わせた。 「あのさ、それ、完全に失敗だと思うよ?」 「え、嘘でしょ?やっぱりダメだった?」 私は驚いてバッグを握りしめる。だって、周囲の視線があったんだから、きっと成功していたと思っていたのに…。 「凜、いや、悪く言いたくないけど、そのバッグ、趣味悪すぎる。誰かが気づいても、好意的には捉えないと思うよ。いやむしろ…彼が気づかなくてよかったって!」 「そんな…」私はがっくりと肩を落とし、しばらく言葉を失っていた。だが、確かに真由の言う通りかもしれない。彼が気づかなかったのは、逆に幸運だったのかもしれない。 ++++++++++ そしてお昼休みになり、私はいつものように真由とお弁当をつつきながら、溜め息をついた。 「で、結局今日の作戦も失敗かぁ…」 「うーん、確かにね。でもさ、凜。あのカバンで彼が振り向いてくれたら、逆に危なかったと思うよ?」真由が笑いながら言う。「いや、むしろ振り向かなくてよかったんじゃない?」 「それって…」 「まぁ、次はもう少し凜らしい作戦を考えなよ。あんまり無理して奇抜なことしなくてもさ、もっと自然体でいいんじゃない?」 私はその言葉に、少し救われた気がした。確かに、自然体でいられる作戦の方が、無理に変わったことをするよりずっと良いのかもしれない。真由にそう言われて、次の作戦を考える余裕ができた。 ++++++++++ その後、帰りの電車の中でふと振り返ると、真由の言葉が頭をよぎった。「次はもっと自然に」。そうだ、私は何も無理をする必要はないんだ。次こそ、彼に気づいてもらえるように、自然な自分でいようと、心の中で静かに誓った。
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