40人が本棚に入れています
本棚に追加
血に塗れた彼女を認識する。声にならないといったふうに里奈と千鶴は口を閉口させていた。悟も聡も動けないでいる中、先に動いたのは隼だった。倒れる結の傍に駆け寄って生死を確認する。
「腹部を刺されて死んでいる」
「うそ、でしょ……」
「おい、死んでるって……」
「遺体に近づくな。警察が来るまで現場を荒らしてはいけない」
近寄ろうとする悟を隼が制止すると、「警察に連絡を」と指示を出した。その冷静な言葉にはっと我に返った千鶴が、「教授たちに知らせてくる!」と部屋から飛び出していく。里奈はその場にへたり込み、彼女を聡が支える。
じっと遺体を観察する隼に琉唯も倒れる彼女へと目を向けた。ホワイトボードの前で倒れる彼女の腹部からは、血が流れており水溜まりを作っている。その傍には鍵とナイフが無造作に落ちていた。
ナイフはライナーロック式で折り畳みが可能なものだ。刃にはべったりと血がついており、凶器は恐らくこれであろうと素人目から見ても分かる。
手を上げるような形で倒れる結になんとなしに指先へと視線を上げて、首を傾げる。何か見えて、琉唯は周囲を荒らさないように隼の傍まで歩む。彼女の指先、床に何か描かれていた。
「5?」
数字の5の字が描かれている。震える指で書いたせいか、形が歪なので5のように見えるだけで違うものかもしれない。その隣に線が縦に引かれている形で力尽きているので、もしかしたら苦しみもがいている時についただけの可能性もある。
その他に遺体に損傷は無く、少しばかり争った形跡はあるが腹部を刺されたのが致命傷のようだ。彼女の唇についていただろう発色の良い赤いリップが擦れたように口元についている。
周囲を見渡してみるも、部屋は綺麗なもので特に散らかってもいなかった。見れば見るほどに彼女の死を実感し、琉唯は少し怖かった。明らかな他殺死体など見るのは初めてだったから。もし、近くに犯人がいるならばと考えて背筋が冷える。
「……なるほど」
「隼?」
「なんでもない。琉唯、どうした?」
「いや、やけに落ち着いてるから……」
何かあったかと琉唯が問えば、隼は大したことはないと返れた。それにしては遺体を観察していたけれどと思ったが、自分もじろじろ見ていたなと琉唯は他人の事は言えない。
「誰かが落ち着いて判断しなければいけないだろう。こういう時は」
「まぁ、そうだな……」
皆が皆、慌てても駄目かと琉唯は納得した。隼は暫し、周囲を観察してから「後のことは警察に任せればいい」と、興味を無くしたように立ちあがって遺体に向けていた眼を上げる。
琉唯は描かれていた数字が気になったものの、下手なことはしないほうがいいなと警察が来るまで待つことにした。
最初のコメントを投稿しよう!