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「ごめんなさい、小百合さん。遅れました」
「遅いわよ、二人とも!」
入口からエントランスホールへ慌てて駆けてきたのは二人の男女だった。黒髪を長く伸ばした大人しげな女子と、短い栗毛が柔らかそうな幸薄げな男子は小百合に謝る。
彼らは小百合の同級生で、小林伊奈帆と渡辺輝幸と名乗ると、「待たせてしまってごめんなさい」と頭を下げる。
そこまで待ってはいなかったので、琉唯たちは「気にせず」と言葉を返すのだが、二人は気にしている様子だ。
「五分前行動ぐらいしなさいよ、まったく。そんなんだから恋人に振られるのよ、伊奈帆は」
「それは……その……」
「それは関係ないだろ、今川」
「何、伊奈帆を庇うの? あんた、この前、好きだった奴が死んだばかりじゃん」
もう心変わりしてんのと小百合がじろりと見つめれば、「関係ないだろ」と輝幸に言い返される。それがまた彼女の癇に障ったのか、「これだから男は嫌ね」と喋り始めた。
どうやら、彼等には共通の友人である西田紗江という女子大生がいたのだが、彼女はこの前、自殺して亡くなってしまったらしい。その西田紗江に輝幸は片想いをしていたのだと、小百合が「こうもすぐに心変わりするなんてね」と鼻で笑う。
「伊奈帆も伊奈帆よ。すぐに心変わりするような男を相手にしたら駄目よ」
「いや、その……私は別にそういった感情は、抱いてないし……」
「なら、気を付けなさい。ほんっと、鈍いんだから」
鈍いと周囲が見えなくなるわよと小百合に注意されて、伊奈帆はそうだねと困ったように頷く。酷い言われような輝幸は少しばかり眉を寄せていたが、反論することはなかった。
三人の関係は傍から見ていると仲が良いふうには感じられない。伊奈帆は諦めたように彼女の言葉に頷いているだけだし、輝幸は何も言わないけれど一歩引いている。歪に見えるその関係性に琉唯は大丈夫なのだろうかと少しばかり不安になった。
「まぁ、いいわ。真理恵も待ってるし、早く行きましょ」
喋り倒した小百合は「ほら、あんたらも行くわよ」と千鶴に声をかけるとすたすたと歩いていってしまう。なんと、自由な人だろうかと琉唯は思いつつも、彼女の後を着いていった。
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