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思い出される隼との出会いに距離を置く言葉をかけなかったのが悪いのだと琉唯は気づく。受け入れてしまったのだ、あの時に。あれは彼なりの告白の言葉であり、それを自分は拒絶しなかった。しなかった時点で負けなのだと。
(仕方ないじゃないか。別に隼のことは嫌いじゃなかったし)
隼を嫌いになる要素はなかった。距離の近い感じはあれど、琉唯自身が嫌だと拒絶したことに関しては大人しく従ってくれる。勉強だって分からないところは教えてくれるし、本の趣味も合うのだから嫌いになる要素がない。
少々、はっきりと物を言ってしまうのが悪いところではあるが、それは彼が嘘をつかないという性格の表れでもあった。だから、好きか嫌いかならば、好きとなる。
とはいえ、その好きが恋愛感情かと問われると分からない。琉唯は答えが出せず、こうして隼のすることを許していた。
「相変わらずの前方彼氏面だね、鳴神くん」
「あ、時宮ちゃん」
ふわりとウェーブがかった明るい茶毛を揺らして、手に持ったカフェオレを飲みながら女子が一人、声をかけてきた。
彼女は時宮千鶴という大学の同級生。同じ学科であり、彼女の持ち前のコミュニケーション能力によってこうやって話す仲だ。
琉唯に紹介された先輩と恋人になったというのもあるのか、今では遠慮なく愚痴を言い合っている。
「器広いよね、緑川くん」
慣れたように二人の前の席に座って千鶴はカフェオレをテーブルに置きながら話す。
いくら友人として好きだとしても、隼はあまりに彼氏面をしている。後方彼氏面といった一歩、後ろでやっているならばまだしも、隠す気もなく前面に出る前方彼氏面をされては嫌だと感じることもあるはずだ。
千鶴は「器が広くて優しい。だから、離れないんだよねぇ」と隼を見遣った。彼は黙って眉を寄せるが、それだけで図星を突かれているのは察することができる。
「時宮ちゃんって怖いもの知らずだよな。本人の前でそれ言えないよ、普通」
「私だって誰彼構わず言う訳じゃないよ。私は敵対視されてないからね」
千鶴は恋人以外の男性に興味がない。琉唯や隼のことも同級生の友人として接している。恋愛感情が一切なく、嘘をつくこともなれければ、二人に迷惑をかけることもしていなかった。
隼目当てで話しかけてくる女子を千鶴は「無理無理」と相手にしていないし、琉唯にちょっかいをかけることもしない。なので、隼からは敵対視されていない数少ない人間の一人だ。
それを千鶴は理解している。二人を揶揄うことは絶対にしないので、はっきりと物を言っても許されるのだと彼女は笑ってカフェオレを飲む。
「そもそも、本当のことしか私は言ってないし。だから、鳴神くんも言い返せないんだよねぇ」
「……君を敵には回したくない」
「大丈夫だよ。私はどっちかというと鳴神くん応援してるし」
緑川くんは一人にしておくと心配だしと言う千鶴に、そこまでかと琉唯はむっと頬を膨らませる。不満そうな顔を向ければ、「変な女子に捕まりそうだもん」と追い打ちをかけられてしまった。
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