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幸せになるために一番必要なものはなんだろうか。時間、お金、恋愛、友達、健康、情報。他にも何かあるだろうか。俺は健康だと思っている。病気だったりけがをしていれば、それを治すために時間もお金もとられるし、健康であれば働けるからお金を手に入れられる。恋愛や友達だってそうだろう。健康な方がやれることが多くて楽しめる。しかし、世の中には健康でなくても笑って過ごしている人たちは大勢いる。大きな怪我で入院している人も、お見舞いに訪れた友達と楽しく会話をしたりする。持病を患っていても一生懸命働き、充実した日々を送る人もいる。はたして俺は、そんな人達よりも幸せだろうか。今のところ生活に支障をきたすような怪我はない。冷たい牛乳を飲めば、腹を下すくらいにはお腹が弱いが、病気というほどでもない。
だが、笑いあえるような友達は多くはない。日々を充実させるほど熱中できるものもない。
もしかすると俺は、自分が幸せに一番必要だと思っているものを持っているのに、ものすごく退屈な人生を歩んでいるのではないだろうか。
そんなくだらないことを考えていたのは、高校に入学して4日目、木曜日のこと。今は4時間目で数学の時間だが、担任が担当してるため、ホームルームで話すことを授業の最後のほうを使って話していた。明日の午後は、体育館で部活紹介があるからなと、先生が黒板に予定を書き込んでいる。教卓の上で光る蛍光灯が先生の頭のてっぺんを輝かせていることに気づいてしまい、自分の将来の髪を心配してしまう。ああ、神よ、我の髪を守りたまえ。
4時間目終了のチャイムが鳴る。明日行けば、高校生として初めての土日だ。少しテンションが上がる。いや、かなり上がる。金曜日どころかまだ今日も1時間残っているというのに、休みの日のことを考えてしまう。悪い癖だ。やりたいことなんて何も無いのに。さっさと昼食を済ませてしまおうと、机の右側にひっかけてあるスクールバッグから弁当を取り出すと、後ろから俺の名前が呼ばれた。
「浩太朗は部活に入んねーの?」
いかにも新入生らしい言葉を発したのは、俺の唯一と言っても過言ではない友人の松本隆也だ。逆立てのダークブラウンの髪と、人をバカにしたような、俺をバカにしたようなニヤついた表情が印象的だ。
面倒くさいから部活とかはやりたくない。
「面倒くさいから部活とかはやりたくない」
「せっかくの高校生活なんだ、面倒くさいの一言でおわらせるなよ」
思っていたことが口に出てしまうことは、よくあることだ。
「この学校にはゲームを作る部活があるらしいな」
隆也は俺の弁当箱を勝手に開けながら、部活の話を続ける。
「俺は部活に入らないといけない決まりがある学校に、入った覚えはないんだが?」
この高校も、ある程度部活動が盛んではあるらしいが、全校生徒が何かしらやっているわけではないだろう。100歩譲ってどこかしらに入るとしたら、それは帰宅部だ。帰宅時間最短記録を目指そう。
「プログラミングの勉強してるんだろ、ちょっとくらいはそういう活動してみてもいいんじゃねーか」
部活動をするために勉強してるわけじゃない。
「そもそも高校の部活でまともなゲームが作れるのか?」
もし隆也が少しでも戸惑ったような素振りを見せれば言ってやる。ゲーム制作ごっこをやるくらいなら、家でアプリの一つや二つ作った方が有意義だと。
「さっき校長室の前のトロフィーとか置いてあるところを見たけど、ゲーム制作部もなんかの賞取ってたぜ」
なぜに隆也は、校長室の前なんかに赴いたのだろうか。正門からこの教室までの間に校長室はなかったはずだ。わざわざ部活動の活発さを知るために校長室に行ったのだろうか。明日になれば嫌でも部活の素晴らしさとやらを聞かされるのに。
「賞があるってことは大会か何かあるってことか?俺がそういうのが苦手なの知ってるだろ」
隆也は俺の大切な友人だ、そして、隆也にとっても俺は友人のはずであり、俺の性格くらいは知っているはず。というか知っていてほしい、隆也が知らなければ、後は家族くらいしかいなくなる。
「浩太朗は過度な面倒くさがり屋だもんな。しまいには生きるのめんどくせーとか言いそう」
失礼な、そこまで無精者ではない。俺にだって生きたいという気持ちはある。銃を突きつけられれば、購買部に行って焼きそばパンだって買ってやる。
何か言い返してやろうかとも思ったがやめた。話が長引けば、昼食の時間が無くなる。隆也が開けて閉めてを繰り返している弁当を取り返し、自分の食べやすい向きに整える。左側にはゴマが均等にふってある白米が、右側には人類の英知とも呼べるほどによくできたふわふわの冷凍から揚げと卵焼き、そして、おかずカップの意味を無くすほどにバラけたひじきが入っている。
「仕方ない、ゲーム制作部だったっけか、見学だけは行く。それでいいだろ」
これが妥協点。さっさと席に戻ってもらわないと飯が食えない。それに、見学したうえで入らないと言えば、隆也も納得するだろう。
「おお!ついに青春への一歩を踏み出したか!これは彼女いない歴イコール年齢の男子が、女子に連絡先を聞こうとするくらいの先進だぜ」
隣の席の女子が振り向くくらい、大きく両腕を広げて隆也が言った。恥ずかしい奴め。
「そろそろ飯にしないか。お腹と背中がくっつきそうだ」
早く食べ始めないと早食いをしないといけなくなる。喉を詰まらせる確率は少しも上げたくない。俺が箸を持つと隆也は、しかしあの浩太朗が部活動の見学に行くとわな、明日は天気予報に反して雨だな、なんてことを言いながら自分の席に戻っていく。本当に失礼な奴だなと思いながら、今日の昼食一口目の白米を口に入れた。もしも見学に行くことが雨ごいになるのなら、体育祭の前日も見学に行ってやる。
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