ざまぁなご挨拶

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ざまぁなご挨拶

 塾が終わり、母と待ち合わせしている駐車場に向かう。  あった、母の車だ。  車に乗り込むと、運転席の母は、スマホを持ってにこにこしながら何やら入力していた。 「何か面白いことでもあった?」 「ええ、友達に離婚のご報告をしてたの」  母が画面をこっちに見せてくれる。  その友達って、父の会社の同僚の奥さんじゃん!     父を経由して仲良くなった人で、もう男性陣抜きでの付き合いがあるんだよね。  離婚の原因までしっかり書いてある……。   「私は、智さんの会社に不倫の事実を送り付けるような真似はしないわ。脅迫になるかもしれないから。  でも奥様同士の噂ネットワークに戸を立てることは出来ないでしょ?  離婚原因はすぐに会社中に広まるでしょうねえ。  念のため、他のお友達にも連絡してあるの。ざっと十五人くらい」 「あはははは、やるねえ母ちゃん!」  痛快だわ! 塾での疲れが吹っ飛ぶ!      私は、今田改め羽生日和子。  両親の離婚後は勿論、母に付いて行くことにした。  離婚条件については、母が有利になるように弁護士を通してみっちり詰めてもらった。  私は共通テスト真っ只中だったので、詳細は見てないけど。  肝心の共通テストは上手くいったから、ひとまず母を安心させられたかな?  苗字が変わったのを突っ込んでくるクラスメイトは居なかった。  高校生にもなれば、何があったか分かるわな。  弄られなくてほっとする反面、腫物になったみたいでちょっと恥ずかしい。  それより入試関連の書類で、苗字が現在の姓と一致しないものが出てくるのが焦った。  結局、入試は受験票に合わせて今田姓で受けてるけど、 大学に入ったらすぐ学生証の名前を変更しないといけないじゃん。やること増えるなあ。  写真や自白動画は勿論、動かぬ証拠になった。  父のスマホではメッセージ上でのやりとりが全て削除されていた上に、 不倫相手のあずさが「今田智さんが既婚者なんて知らなかった」と主張したらしいが、 純粋無垢な女子高生である私が父のフリック入力する手元を見て再現し、日記に書き留めていた内容がアリバイ崩しを補強した。やったね。  不倫相手のあずさはマッチングアプリで知り合った市内の女らしく、彼女も既婚者だったとか。  あずさの家庭も当然のように崩壊したみたい。  じゃあフリーになったあずさは父と引っ付くのかと思いきや、互いに責任をなすり付け合い、最終的にはかなり険悪になっていたんだとか。  ああ、馬鹿馬鹿しい。      私と母は、証拠の数々が味方して、父が返済を継続する形で今の家に住み続けることになった。  ラッキー、こんな時期に引っ越しとか嫌だったから。  じゃあ父は今どこに住んでいるのかと言うと……父の実家、つまり今田家。    そして来たる日曜日、私と母、そして祖父母は今田家に離婚のご挨拶に行くことになった。  母の両親……羽生じいじと羽生ばあばを車でピックアップし、共通テストの成功を話しながら、車で三十分くらいかけて今田家がある田舎に到着する。    変な祭壇のある和室で単語帳を眺めながら、遠くの応接間で聞こえる騒動を流し聞く。  この祭壇、相変わらずメロンだのブドウだの供えてあるな。  新興宗教の神様を祀る祭壇らしいんだけど、今田じいじと今田ばあばは新興宗教の勧誘に熱心なんだよね。  羽生家の人達を勧誘したり、母が私のお宮参りをする時に騙す形でこの宗教の施設に参拝させたり、結構めちゃくちゃやってたみたい。  私は勧誘されたことないし、人体とか財産への実害は無いっちゃ無いんだけど、聞いてるだけでウザさは分かる。    で、羽生家と今田家は大揉めしてる。 「病弱な娘一人しか産めなかった出来損ないの嫁を受け入れてやってたのはうちなのよ?   それなのに離婚して慰謝料を払わせるだなんて、恩知らずにも程がある!」  捲し立てる今田ばあば。 「病弱な娘を作ったのはあんたの息子のタネでもあるだろうが!  日和子は病弱でも優しい良い子だし、こっちはあんたらに恩義なんか感じてませーん」  羽生じいじの反撃。 えへへ、私優しくて良い子かなあ。羽生じいじが言うなら、そういうことにしとこうかなあ。 「智は良い子なんだから、一度や二度の不倫くらいは大目に見てやってくれんかなあ」  弱腰で頼み込むのは、今田じいじ。 「あんたは黙ってて。こんな女に下手に出ないでよ、気分悪い」  今田ばあばが、旦那を一喝した。理由が最悪すぎるだろ。  こんな他責思考の鬼婆に育てられたら、どんな子どもだってクズに育つわ。  で、父みたいなモンスターが誕生したと。 「智からも何か言って!」  今田ばあばにせっつかれて、やっと父が口を開いた。 「だいたい、日和子は本当に俺の娘なんだろうな。顔が俺達のどっちにも似てないと前から思ってたんだ」  あ、これは今田ばあばと示し合わせてた台詞っぽい。  母にも非が無いかどうか、鎌をかけてるんだろうな。  だからって、一応私にも聞こえる場所でそんなこと言うなよ親父! 普通に傷付くわ! 「疑うならDNAでも何でも調べてみれば?   自分が不倫したからって、全人類に不倫願望があると思ったら大間違いですからね」  堂々としている母。  図星だったのか、父は黙り込む。次の切り返しくらい用意しとけよ。 「そんなにうちの娘に別れてほしくないなら、お宅の神様にでも拝んでおけばどうですか?   慰謝料払いたくないよー、世間体悪くなるのは嫌だー助けてーって。  さぞ立派な神様なんだろう? 私達にもおすすめしてくれたくらいなんだから」  けらけら笑いながら言う羽生じいじ。 「とにかくこれは娘と孫の人生に関わる決定です。  悪いのは全面的にお宅の息子。  そちらに非があるという結果で離婚は成立したんですから、今更拒否権はありませんからね」  冷淡に言い放つ羽生ばあば。    標的の今田家は、完全に沈黙。  羽生家側から言いたいことは言えたので、そろそろ帰ることになった。  私達は外に出て、車に乗り込もうとする。 「待って、日和子ちゃん……!   あなただけは、たまに顔を見せに来てくれるわよね……!?」 「もう孫と会えないなんて、そんな……」  今田じいじとばあばが追ってきた。  その後から家を出てきた父も、私を見ながら微かに涙を浮かべている。  ……そりゃ、私にだって情はある。  父と十八年間一緒に過ごした思い出は、良いものも悪いものも積み重なっていて、簡単には忘れられないだろう。  でもそれ以上に、私を軽んじて母を愚弄したこいつらを許せない!  じゃあ、私からも一言、今田のじいじとばあばに送っておくか……!
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