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最近、夫の様子がどうもおかしい。
部屋にこもってパソコンに向かう時間がやたら長いし。
会話していてもうわの空で―。
かと思えば、今朝は鼻歌まで口ずさみ、上機嫌だった。
しかも、夕食には特上のステーキを食べたいなどと言い出す。
「珍しいわね、倹約第一のあなたが特上のステーキなんて」
首を傾げると、ぼそっとひと言。
「もうすぐ大金が手に入るからな」
「え? どういうこと?」
問い詰めても、夫は「夕食の時に教えるよ」と不敵な微笑みを浮かべるだけ。
真相を明かさないまま会社へ出かけてしまった。
怪しい。
昔、あの笑いを見せた直後、夫の浮気が発覚した。
今回も絶対やましいことがあるのだ。
こうなったら、情報収集。
何を隠そう私はリサーチが得意。
高収入で素敵な夫を手に入れたのも、お得なマイホームを見つけたのも。
私のリサーチ力の賜物。
今回も情報を集めれば、きっと何かが見つかるはず。
でも洗濯物やクローゼットからは女性の痕跡も何も見当たらず。
浮気の線はないか…。
スマホにGPSでも仕込んどきゃよかったかな。
他に今調べられる場所といえば、夫の部屋くらいだ。
そっと足を踏み入れる。
机の上に置かれたパソコンに目を向けた。
起動させると、パスワードの入力が必要だった。
諦めかけたが、夫の忘れっぽい性格を思い出し、机の引き出しを開ける。
案の定、そこにパスワードが書かれたメモが貼り付けてあった。
忘れないようにメモってると思ったのよね。
それを使ってログインに成功。
なのに結局、肝心のファイルは探れなかった。
重要そうなデータにはしっかりとカギがかかっていたのだ。
ううん、まだだ。
ホームページの検索履歴は残っているに違いない。
調べたワードで何か手掛かりになるかも。
すると―。
表示された履歴を見て、凍りついた。
『殺害方法』『毒殺』『生命保険』『毒の作り方』などなど。
不穏なフレーズが次々と現れたのだ。
何よこれ…浮気どころの話じゃないわ。
すべてのピースをかき集めて、確信につながった。
夫は私を殺して保険金を手に入れようとしているのだと。
そういえばこの前、追加の保険への加入を強く勧めてきた。
単純に将来を見据えてのことかと思って承諾したけど…。
その時、自分に有利なプランへ変更したのではないか?
ちょっと待って。
「夕食の時に教える」って言ってた?
つまり、私の殺害を実行するのは―。
今夜だ。
ここで怯んでいる場合ではない。
夫が私に手をかける前に、先手を打たなくては。
その夜、夫は普段通りに帰ってきた。
高級そうなワインと花束を手にして。
私は喜んだフリをしながら警戒する。
夫の望み通りステーキを用意し、二人は向かい合って座った。
早々に「ねえ、今朝言ってたお金がどうとかってあれは?」と尋ねると―。
夫はそれを軽くかわした。
「まあまあ、そんな急かすなって…」
自らボトルを開けてグラスに注ぎ、私にワインを勧める。
そこに何か仕込んでいるのね、そうはいかないわよ。
私は口を付けたように見せかけて、グラスをテーブルに戻した。
食事が中盤になった頃に催促する。
「ねえ、そろそろ。勿体付けてないで教えてよ」
「わかった、いいだろう」と、夫はようやく話す気になった。
「実はな、小説で賞を獲ったんだ!」
「え…?」
予想外の言葉に驚いて絶句した。
「賞金はなんと百万円だよ!」
「いつの間に小説を書いてたの?」と、戸惑って質問する。
「ずっと部屋にこもってただろ? 今はタイピングしてそのまま気軽に応募できるんだから便利だよな」
「そんな趣味があったなんて…」
信じられない気持ちだった。
「今まで恥ずかしくて言えなかったんだ。どんな話だと思う?」
夫はニヤニヤしている。
「…さ、さあ」
検索履歴からだいたいの予想はついたが、あえて濁した。
「推理小説だよ。保険調査員が保険金殺人の謎を解く話さ」
「難しそうな題材ね…」
「そうなんだ。調べるのが大変だった。といっても、全部ネットで得た知識だけどね」
「ひょっとして…毒なんかも出てくる?」
夫は大きく頷いた。
「よくわかったね!…犯行には毒薬が使われて、主人公はなかなか証拠がつかめない。そこが肝なんだ」
「どうして今朝教えてくれなかったの?」と思わず返すと―。
「今日、結婚記念日だったろ? だからサプライズで伝えようと思ってさ。驚いた?」
「え…」
そうだった、結婚記念日。
肝心な情報を失念していた。
「じゃあ、保険のプラン変更したのって…?」
「ああ、小説のために調べてるうちに、いいプランがあるとわかって追加したんだ。よかったよ、今のうちに気づけて」
「そ、そうだったのね…」
私の声は震えていた。
「この肉、なんか味が変じゃない…? スパイスが苦いのかな」
夫は皿の上のステーキを不思議そうに見つめている。
どうしよう…手遅れかしら。
「ごめんなさい…私もいろいろ情報を集めたのよ。毒の作り方を少々ね」
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